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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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12センチの世界から

12センチの世界から

 先輩はいつも背筋を伸ばして歩く。そして毎日12センチヒールを履いている。

 身長170センチの先輩が12センチのヒールを履くと182センチ。大抵の男は彼女を見上げることになる。僕も例に漏れず先輩を見上げる。


 先輩はもちろん仕事ができる。近々、最年少で部長になるらしいという噂がある。その噂は実現するだろう、だれもがそう思っていた。


 けれど部長に昇進したのは背ばかり高い腹が突き出たおっさん社員で、そのおっさんが僕たちのオフィスに入ってきて一番に口にしたのは


「君のヒールは高すぎないかね。そんなことじゃ仕事に支障が出る。もっと大人しい靴を履きたまえ」


 明らかにセクハラで、さらにパワハラと言える発言に、しかし先輩は眉一つ動かさず「善処します」と答えた。


 翌日、先輩はかかとのない靴を履いてきた。男物の皮靴だった。スーツもよく見ると男性用。先輩の体型にぴったり沿っているから一見ではわかりにくかったが。先輩は僕と並ぶ背丈になってしまった。

 部長は先輩を見ても何も言わず知らぬふりをしていた。


「先輩、どうしてヒールやめちゃったんですか。部長のいいなりになっていいんですか」


 昼休み、食堂で一緒になった先輩にこっそりと聞いてみた。


「ヒールの高さなんかどうだっていいんだ。私は私らしくあればなんだっていい。君はどうだ? 12センチヒールを履かない私は先輩らしくないと思うか?」


 僕はぐっと言葉を詰まらせ、先輩はふっと笑った。


「よし。明日靴を持ってきてやるから、履いてみろ。私が見ていたものが君にも見えるさ」


 翌日、やはり昼休みに、僕は先輩が持ってきてくれた12センチのハイヒールに足をつっこんだ。もちろん僕の足にハイヒールは小さかったが、なんとか立ち上がることはできた。

 12センチ高いだけで、視界は全然ちがった。なんというか、世界がひろくなったように感じた。僕の爪先はぐんと遠くなり、天井は手を伸ばせばすぐに触れられそうだった。


「なにをやっとるんだ!」


 部長がたいへんな剣幕で僕に近づいてきた。


「おかしなことをするんじゃない! なんだ女物の靴など履いて、君は何を考えとるんだ!」


 僕は素直に靴を脱ぎ平地に下りた。先輩が僕のかわりに部長に謝ってくれた。


「先輩、ありがとうございました」


「いや、いいんだ。どうだ、わかっただろう?」


「はい。先輩、ヒールは履けませんね」


 身長180センチの部長だから今まで気付かなかったが、部長の頭頂部はうっすらと地肌が見えだしていた。

 先輩はふっと微笑むと、人差し指を口の前に立てて見せた。

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