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ゆるり ゆられて
ゆるり ゆられて
カタンカタンと電車の揺れは心地よく、紗香は手にした文庫本を閉じて車窓から外を眺めた。
どこまでも広がる水田には青々とした稲が風に揺れている。まだ幼い稲穂が懸命に伸びよう伸びようとしている。
夏の厚みのある雲はゆったりと空に浮いている。
突然暗くなり、電車はトンネルに入った。
車内の蛍光灯が作る薄い影が、冷房のことを思い出させる。紗香は肩にかけていたカーディガンに袖を通した。
ゴッ、と空気がはぜる音がして車内に夏が戻ってきた。
アナウンスが降りるべき駅名を告げる。ゆっくりと速度を落とす。カタンと最後に小さく揺れて電車が止まる。扉が開き冷房の風が外へ逃げ出し、ほんの少しの夏が流れ込む。
彩香は窓の外に目を戻す。
もう少し夏を眺めていたくなった。
カタンと小さく揺れて、電車が動き出す。車窓の景色が流れていく。水田を越え、夏雲を追い、蝉の声のように途切れないカタンカタンという音をさせ。
電車に乗ってどこまで行こう。逃げ水を追うように、どこまでも宛てもなく。
彩香はそっと微笑んだ。




