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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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四角死角刺客

四角死角刺客

コツコツという靴音で男は目覚めた。夜中に迷惑な……と思ったが、まぶたの向こうが明るい。


目を開けると真っ白な天井が見えた。


どこだ、ここは


半身を起こしぐるりと見渡す。壁も床も天井も真っ白だ。部屋の中には何もなく、自分以外のものが見つからない。


自分を見下ろすと、寝るときに着たティーシャツとスウェットではなく、ジーンズとポロシャツだった。いつ着替えたのか覚えがない。それどころか自分の服ではない。


立ち上がり壁を叩く。何の素材かは分からないが柔らかく弾力がある。目を近づけてよく見ると細かい孔が開いている。

ぐるりと部屋のなか、端から端まで壁を叩いて回ったが、ドアや窓は隠されていない。


途方にくれて座り込むと、ジーンズの尻ポケットに何か入っていることに気づいた。


取り出してみると、鍵だった。手のひらほどもある大きな鍵。

鍵穴を求めて床も壁も仔細に調べたが、何もない。残るは天井だが、三メートルほども高さがあり飛んでみても手が届かない。


ふと思いつき、すべてのポケットを探ってみた。

すべてのポケットからそれぞれ一つずつ、道具が出てきた。


小振りのアイスピック、ミニチュアの金槌とノコギリ、黒いビニール袋、ポロシャツのポケットから一枚のメモ用紙。


『思い出せ』


男は呆然として座り込んだ。コツコツと部屋の外から足音がする。そちらに近づき耳を壁につける。足音ではない。時計の秒針が刻む音だ。


男は頭をかきむしり、大声で叫びだした。ぐるぐると部屋のなかを歩き回りながら頭を抱えて叫んだ。


叫びすぎて声が嗄れたころ、床においた道具のもとへ戻り、また叫んだ。


「お前はだれだ!なんで知ってる!」


叫んでも返事はない。それでも叫ばずにはいられない。


「覚えてる、覚えてるさ!忘れるわけがないだろ」


アイスピックを取ると自分の手のひらに突き立てた。


「こうやって殺した」


ノコギリで自分の手首に傷をつける。


「体を切り刻んだ!けど、しかたなかったんだ!」


男は床にくずおれた。


「……あいつが俺を裏切ったから。俺はあいつがいないと生きていけないのに」


部屋の中にはコツコツという秒針の音だけがする。

どれだけの時間がたったのかわからない。時計のない部屋で秒針の音だけを聞いていると、とてつもない年月が過ぎたように感じる。男は床にへたりこみいつまでもうつむき動かない。


コツコツとコツコツとコツコツと、時計の音が男の耳から血液に入り込みぐるぐると体内をめぐる。

コツコツとコツコツとコツコツと。

男は耳をふさいだが音は体の内側から聞こえる。

コツコツとコツコツとコツコツと。

男はアイスピックを取り上げると、腕に足に突き立てた。

コツコツとコツコツとコツコツと。

音はやまない。アイスピックを思いきり耳に突き立てる。


音がやんだ。


白い部屋のなか、音がするものは何もない。


男の鼓動も止まった。


コツコツとコツコツとコツコツと、部屋の外から時計の秒針の音だけがする。

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