末期
末期
太陽が膨張したのだという。
世界中の気温が上がり、北極圏の氷が溶けだし、海面が上昇、多くの都市が海中に沈んだ。
そんな映画みたいな現象は起こらず、今年も夏はフツーに暑い。
いや、フツーとは言えない。去年に比べて格段に暑い。
窓を全開にしても入る風は熱風で、俺は扇風機の前から離れられない。
「あ〜はやく学校始まらないかな〜」
扇風機に向かって喋る声が震える。
学校に行きさえすればクーラーがある。夏こそ学校で過ごすべきだと思う。
「おーい、生きてるかー」
玄関のドアが開いて、梶山が勝手に入ってきた。
「溶けてる〜」
震える声で答えると、梶山は手にしているコンビニの袋を持ち上げた。
「アイス食うか?」
「食うとも」
梶山が袋から取り出したパピコを分けあってちゅうちゅう吸う。梶山がパピコをくわえたまま言う。
「お前、クーラー買ったら?」
「そんな金があったら引っ越すよ」
「だよなあ」
俺の部屋の窓の外には隣のビルのエアコン室外器があって、夏は暑く冬は寒い。とは言っても隣のビルがたっているところに、このアパートが後からできたんだから文句の言いようがない。
パピコはあっという間に溶けて最後はジュースになっていた。
梶山がコンビニの袋から温度計を取りだし、床に置く。二人で黙って見つめていると水銀はどんどん上昇して、ついに三十七度に達した。
「微熱だな」
「俺の体温の方が低いじゃないか」
「ほう」
梶山が手を伸ばし、俺の腕をぺたりと触る。
「たしかに、熱くない、生ぬるい」
「いや、それはお前の体温が高いからだろう」
「平熱は三十六度だが?」
「俺は五・五だ」
梶山は俺の両手をとると頬にくっつけた。
「やめろ、暑い」
「そうだな。あっという間に暖まるな。かえって暑い」
俺たちは暑い部屋で熱くなった脳みそで、それぞれに違うことをぼんやりと考える。扇風機の風は三十七度の空気をかき回し、俺たちはさらに暑くなる。
俺は立ち上がると体温計をとり口にくわえて熱を測った。
「三十六度」
「なんだ、同じ体温じゃないか」
俺は梶山の口に体温計を突っ込む。
「三十六度五分」
「いつもより高いな」
二人してなんとなくため息をつく。俺たちはそのままぼんやりと座っていた。
「じゃあ、帰るわ」
梶山が立ち上がったのは夕暮れ時。外は夕焼けで真っ赤だった。
玄関のドアを開けた梶山が逆行で黒くなる。梶山の方から涼しい風が入ってくる。
夏が、もうすぐ終わる。




