見知らぬ憂鬱
見知らぬ憂鬱
ポチと近所を散歩していると、知らないおじさんに話しかけられた。沙羅はポチのリードを握りしめて一歩下がった。ポチはおじさんのそばに寄ろうとぐいぐいリードを引っ張る。けれどチワワのポチの力では、三年生の沙羅を引きずることはできない。
沙羅はもっと遠くまで下がりたかったが、ポチは一生懸命前に進もうとする。ポチは人見知りせず、すぐに知らない人と友達になろうとする。
けれど沙羅は「いかのおすし」を守らなければいけない。学校で習ったのだ。
知らない人には「ついていかない」知らない車には「のらない」あぶなかったら「おおきな声で叫ぶ」「すぐにげる」「しらせる」。
沙羅は大きく息を吸って大声で叫ぶ準備をした。
「おぼえてないかなあ。おじさんはママのお兄さんだよ」
沙羅は息を止めて叫ぶのをやめ、おじさんの顔をじっと見つめた。たしかにママにはお兄さんがいる。沙羅も小さい時にあった事があるのは覚えている。けれど顔までは覚えていなかった。
沙羅はもう一歩下がる。おじさんは沙羅に歩み寄ってくる。沙羅は今度こそ大きな声で叫ぼうと息を吸い、おじさんの顔を睨みつけた。
その時、おじさんの両方の鼻の穴から、鼻毛がみよーんと飛びだしている事に気付いた。
「鼻毛のおじさん!」
沙羅が叫ぶとおじさんは困ったように笑いながら頭を掻いた。
「ああ、やっぱりおじさんの鼻から鼻毛が出ているかい? 朝顔を洗った時に気付かなかったよ」
昔、沙羅がママと一緒におじさんにあった時も、おじさんは鼻毛を飛びださせていて沙羅は「鼻毛」「鼻毛」と喜んではしゃいだことを思い出した。
「私知らないおじさんだと思って叫ぶところだった」
沙羅が言うと、おじさんはますます困った顔になった。
「うーん。思い出してもらえたのはいいけれど、鼻毛に助けられたって言うのは微妙だなあ」
沙羅はあわてておじさんを慰めた。
「でも、鼻毛っていい言葉だよ!」
「どうして?」
「はしゃいで、ながくて、げんきなの!」
おじさんは首をひねったけれど、沙羅の笑顔を見て、嬉しそうに笑った。




