伸びゆく黒髪
伸びゆく黒髪
「お前……、また髪切ったのかよ」
「なによ、悪い?」
俺は軽くため息をついた。妹は男と別れる度に髪を切る。去年までは腰まであった黒髪が、今ではベリーショートだ。それにしても妹はまだ中学二年だというのに、男性遍歴が多すぎやしないだろうか。
「もう少し考えてから付き合ったらどうだ?」
「考えたって、実際付き合ってみないと合うかどうかなんてわかんないじゃん」
「まあ、そうなんだけど」
「あーあ。うちの運命の人はどこにいるんだろ」
妹の短い髪をわしわしと掻き回す。
「やめろ!和真!」
「お前、お兄様を呼び捨てにするな」
「お兄様って言ったって同い年じゃん。血が繋がってないし」
「それでも俺の方が二ヶ月年上なんだからな」
妹は口をつき出して「たった二ヶ月」とつぶやく。
「それにしてももったいないよな、きれいな髪なのにバッサリ切ってさ」
「どうせまた伸びるもん」
「次の男が運命の人じゃなかったらもう五分刈りだろ」
「スキンヘッドもいいかもね〜」
「やだよ、そんなの。髪伸ばせよ」
妹が俺の目をじっと見つめる。
「和真、うちの髪、長くするのに協力してくれる?」
「え?」
俺は髪が長かった時の妹を思い出す。あの時みたいな妹がもどってくる……。
それは素晴らしく魅力的な提案だった。けれど、俺がスキンヘッドの原因になったら、一緒に暮らしていくのも辛いだろう。
俺が返事を返せずにいると妹は目をそらした。
「なんてね、冗談」
リビングから出ていく後ろ姿を見ていて、その背中にふわりとかかる黒髪を想像する。
「なあ」
呼びかけると妹は立ち止まり、けれど振り返らない。
「なによ」
「髪が腰くらいまで伸びるのに、どのくらいかかる?」
「さあ、一年とか二年とかじゃない?」
「伸ばせよ」
妹が振り返る。
「伸ばしていいの?」
「伸ばせよ」
俺は顔が赤くなるのを感じて下を向いた。
妹は笑ったようだ。
「あーあ。こんなことなら、初めから髪切らなきゃよかったな」
顔をあげると、妹は、薫は、髪をもてあそびながら飛びきりの笑顔を浮かべていた。




