カゲフミオニ
カゲフミオニ
「タケルー、カゲフミオニしようー」
暑い。
夏休みの宿題もしないでタケルは廊下に寝そべっていた。風が通る廊下は家の中で一番涼しい。
「タケルー」
庭からユウトの声がする。
この暑いのに外になんか出られるか。タケルは知らんふりで寝そべり続けた。
「タケルー」
「タケルー」
「タケルー」
「タケルー」
「タ…」
「うるせー!」
バサリとカーテンを開けタケルが叫ぶ。ユウトは嬉しそうにニッコリした。
「タケル、カゲフミオニしよう」
「うっせー、この暑いのにやってられっか」
「天気がいいから影が濃いよ」
「暑くて倒れるっての」
「濃いカゲ踏んだら気持ちがいいよ」
「人の話を聞けっ!」
「ほら、はやく」
ユウトはさっさと門に向かって歩き出す。タケルは仕方なく、もそもそと起き出すと玄関へ向かった。
ビーチサンダルをペタペタ鳴らして公園へ向かう。
公園の真ん中、ユウトがニコニコしながら立っている。日射しが痛いほどなのに、ユウトはニコニコ笑っている。
「じゃあ、ユウトが鬼な」
「うん」
鬼が十数える間にタケルはゆうゆうと歩いて木の影にはいる。
ものの影に入っていれば、鬼は影を踏めない。
ユウトはゆっくりと歩いてきて、今度はタケルの隠れている木の影のそばで十数えた。タケルは頭の後ろで手を組んだまま動かない。
「タケルにげて」
「やだよ」
「ずるいよ。早く影をふませてよ。次はタケルが鬼だよ」
「ダメだね」
「なんで」
「お前、影ないじゃないか」
ユウトの足元、白っぽい砂はどこまでも白っぽいまま。ユウトは強すぎる光の中にいるように、どこにも影がなかった。
「タケル、鬼こうたいしよう」
「やだよ」
「タケル影ふませてよ」
「やだよ」
「タケルしんでよ、ぼくといこうよ」
「一人でいけ。俺はいかない」
ユウトは悲しそうな顔をすると振り返って、歩き出した。公園を抜けたユウトの姿は陽炎のように消えた。
その一瞬いつも、タケルはユウトに影ができ、一緒にカゲフミオニができることをいのる。けれどユウトはいつも消えてしまう。影も残さず消えてしまう。
8月9日。毎年この日にだけユウトはやってくる。亡くしてしまった影を探しに。
閃光の中で自分自身が亡くなったことも忘れて。
「タケルー」
公園の外、祖母がタケルを呼んだ。
「お墓参りにいくよー」
タケルは影から出て歩き出す。今日は祖母の兄、ユウトの七十回目の命日。
タケルの影は黒々と太陽に焼かれ地面に刻まれる。
「タケル」
振り向いても誰もいない。
「タケル、影をふませてよ」
「タケル……」
「タケル……」




