表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
343/888

カゲフミオニ

カゲフミオニ

「タケルー、カゲフミオニしようー」


暑い。

夏休みの宿題もしないでタケルは廊下に寝そべっていた。風が通る廊下は家の中で一番涼しい。


「タケルー」


庭からユウトの声がする。

この暑いのに外になんか出られるか。タケルは知らんふりで寝そべり続けた。


「タケルー」

「タケルー」

「タケルー」

「タケルー」

「タ…」


「うるせー!」


バサリとカーテンを開けタケルが叫ぶ。ユウトは嬉しそうにニッコリした。


「タケル、カゲフミオニしよう」


「うっせー、この暑いのにやってられっか」


「天気がいいから影が濃いよ」


「暑くて倒れるっての」


「濃いカゲ踏んだら気持ちがいいよ」


「人の話を聞けっ!」


「ほら、はやく」


ユウトはさっさと門に向かって歩き出す。タケルは仕方なく、もそもそと起き出すと玄関へ向かった。

ビーチサンダルをペタペタ鳴らして公園へ向かう。


公園の真ん中、ユウトがニコニコしながら立っている。日射しが痛いほどなのに、ユウトはニコニコ笑っている。


「じゃあ、ユウトが鬼な」


「うん」


鬼が十数える間にタケルはゆうゆうと歩いて木の影にはいる。

ものの影に入っていれば、鬼は影を踏めない。

ユウトはゆっくりと歩いてきて、今度はタケルの隠れている木の影のそばで十数えた。タケルは頭の後ろで手を組んだまま動かない。


「タケルにげて」


「やだよ」


「ずるいよ。早く影をふませてよ。次はタケルが鬼だよ」


「ダメだね」


「なんで」


「お前、影ないじゃないか」


ユウトの足元、白っぽい砂はどこまでも白っぽいまま。ユウトは強すぎる光の中にいるように、どこにも影がなかった。


「タケル、鬼こうたいしよう」


「やだよ」


「タケル影ふませてよ」


「やだよ」


「タケルしんでよ、ぼくといこうよ」


「一人でいけ。俺はいかない」


ユウトは悲しそうな顔をすると振り返って、歩き出した。公園を抜けたユウトの姿は陽炎のように消えた。

その一瞬いつも、タケルはユウトに影ができ、一緒にカゲフミオニができることをいのる。けれどユウトはいつも消えてしまう。影も残さず消えてしまう。


8月9日。毎年この日にだけユウトはやってくる。亡くしてしまった影を探しに。

閃光の中で自分自身が亡くなったことも忘れて。


「タケルー」


公園の外、祖母がタケルを呼んだ。


「お墓参りにいくよー」


タケルは影から出て歩き出す。今日は祖母の兄、ユウトの七十回目の命日。

タケルの影は黒々と太陽に焼かれ地面に刻まれる。


「タケル」


振り向いても誰もいない。


「タケル、影をふませてよ」


「タケル……」


「タケル……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ