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8月6日(晴れ)
8月6日(晴れ)
いつもの朝だった。
主人と娘を送り出し、朝食の片付けをし、掃除をし、洗濯を終え、
一休みしようと勝子は露台に座った。
見上げればどこまでも青く澄んだ空。平和な朝だった。
八時を知らせる寺の鐘がなり、勝子は立ち上がる。庭の掃除と石垣の間から生え出した雑草抜きをしなくては。
それから庭のカボチャに水をやって。
カボチャはそろそろ食べ頃だ。ごろんと丸く立派にできた。勝子はにっこりとカボチャに笑いかけ、竹箒を手にして石垣に歩みよった。
突然、世界が真っ白になった。
なにもかもが閃光にのまれ、なにも見えなくなった。
そのあとのことを勝子は知らない。
なにもかもを原爆が吹き飛ばしたことも。
ただ、あれから七十年。勝子の影は、石段にくっきり縫い止められたまま、今でもそこにいる。
勝子の影は毎年訪れるこの日、また空をあおいでいる。
空はどこまでも青く澄んで、生きているものの影を生む。
今はもう、影だけしかなくなった勝子のことを知る人はない。
影は永遠の夏のなかに閉じ込められ、どこにも行けない。
風が吹くのを待ち続けることしかできなかった。




