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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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キラーウナギ

キラーウナギ

その神社は通称「ウナギ神社」と呼ばれることがある。

神様の御使いがウナギなのだ。


ウナギ神社はこの辺りの一ノ宮で江戸時代には殿様も信心していたという。そのため国中にウナギを食べてはいけないという風習が残っている。



「というわけで、我が家の土用丑はウリを食べるのよ」


「納得いかねー!」


母親の昔話からのウナギ拒否宣言に、健は吠えた。


「ぜってー、ウナギが高いから食わせたくねーだけだろ」


「あらあら。そんなに言うなら、一人で食べたら?どうなっても知らないから」


健はぐぅっと言葉を飲んだ。

小さな頃から繰り返し聞かされて育ったのだ。ウナギ話を頭から否定する気概は沸かなかった。しかし母親に言い負かされたまま大人しくしているのもシャクだ。健は家を飛び出した。



どこに行くあてもないが、取り合えずぶらぶら歩く。町の中心地に近づくにつれ道の両脇に店が増え出した。飲食店も何軒も見える。

そう言えば、ウナギ専門店というものを見たことないな、と健は首をかしげる。

牛丼や弁当屋のメニューに夏になるとうな重が入ることはある。けれど鰻という文字を見る機会はそれくらいだった。


行く手にまさにその、うな重ののぼりが見えた。

母親の見下したような薄ら笑いが脳裏に浮かぶ。ここで逃げたら男じゃねえ!

健は生唾を飲み込み、冷や汗をかきながらその店に入った。


「ぇらっしゃい!」


威勢のよい声に迎えられ、手近なカウンター席に座る。出来たばかりのこの店は全国展開の天ぷら専門店らしい。通常メニューには天ぷらしか載っていない。が。

「夏のオススメ」という別メニューにうな重の写真があった。


健は恐ろしいものを見た気持ちがしてメニューを正視できない。横目でちらちら見たが、やはりうな重は恐い。その横に載った写真「夏の旬天丼」に目が逃げる。

天ぷらになっていれば直接姿を見なくていい。少しは恐怖も和らぐだろう。

健は旬天丼を注文した。


料理を待っている間も健は生きた心地がしなかった。もし本当にウナギを食べたバチが当たったらどうしよう?

昔話では、食べた人はどんなバチが当たってたんだっけ? ああ、思い出せない。もっと真面目に聞いておけばよかった。

後悔してももう遅く、健の前に旬天丼はやってきた。


金ぴかの衣に包まれたカボチャやオクラなどの夏野菜。そこにどーんと長いブツ。健は思わず目をつぶる。

しばらくそのまま心を落ち着け、そっと目を開く。恐る恐る箸を手に取り、神妙に手を合わせる。

もしかしたら、これが最後の食事になるかもしれない。バチが当たってぽっくりいくかもしれない。

そう思うと目の前の丼がいとおしく思えた。


そっとオクラの天ぷらをつまみ、一かじり。さくさくもっちりした衣と粘りけのあるオクラが渾然一体となり舌の上でひらめく。そこにタレがしっかりしみたメシを掻きこむ。


至福だった。

こんなにうまいものがこの世にあったとは。

いや、こんなにうまいものを日々食べさせていただいていたことに気づかなかったとは。


健は自分の愚かさに泣いた。泣きながら天丼を掻きこみ、とうとう最後のブツ、ながーいソレだけが残った。

食に感謝してここまで食べてきた健は、もう思い残すことはないという清々しい気持ちになっていた。

神罰を進んで受け、今までの愚かさを払拭したかった。

健はサクリと箸を突き立て、一口分をメシと一緒に掬い上げ、そっと口に入れた。


ゆっくりと噛み締める。じわりと旨味が口一杯に広がる。淡白な白身と脂がのった皮の部分が相まって独特の甘さを生み出す。

健は夢中で丼を掻きこんだ。


箸をおき、静かに手を合わせる。もうどんなバチも恐くなかった。食べ物に、その命に感謝していれば、自分の身の小ささに気づくのだなあ、と思った。


いくら待っても神罰はやってこなかった。どこかが痛くなることも、雷が落ちることも、ましてや命の危険などなかった。

健は深く感謝して席をたった。

会計の時に店員に謝辞を述べた。


「ご馳走さまでした。生まれて初めて食べましたが、鰻の天ぷらって美味しいんですね」


店員は無表情で答えた。


「天丼に乗ってるのはアナゴです」

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