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金の糸 83
二年後、絢香は日本に強制送還された。
パスポートも持たず、フィンランドに飛行機も使わず表れた絢香の進退は、在フィンランド日本国領事館に託され、すべての渡航手続きを日本国領事館が行った。
絢香が面会した領事館の職員は皆日本人だったが、皆が皆、困ったような笑いを浮かべ、絢香の金色になった髪を見た。
絢香は一言もしゃべらず、日本行きの飛行機に乗った。
絢香には身寄りがない。
それがフィンランドで長く拘束された一因らしい。
身元引き受け人は、絢香が出国したはずの、在日本フィンランド大使館という不思議な図式が出来上がっていた。フィンランドからやってきた日本人に、フィンランド大使館の職員は総じて平淡に接した。
「それで?」
『それでとは?』
絢香の問いに日本語に堪能なフィンランド人職員が答えた。
「私はどこへ行けばいいの?」
『どこへでも』
フィンランド人は流暢な日本語で続けた。
『どこへでも。あなたは自由だ』
絢香は窓の外を見上げた。
梅雨空の今にも降りそうな風情の灰色は、異形の星のあの空を思い出させた。




