金の糸 71
赤ん坊の遺体を、黒い布でくるみ、異形と離して寝かせる。
二人は言葉も出ず、その場に立ち尽くした。
「ニポン?」
背中に声をかけられた。振り返ると登山服の女性が二人に近づいてきていた。
「ニポン?」
雷三が繰り返す。
「Yes!にっぽん!」
絢香は興奮して叫んだ。
「日本人です!」
女性は頷くと、自分の鼻を指差して
「Suomi」
と言った。
「あ、えーと、あやか」
絢香は自分の鼻を指差して名乗る。
「Hanna」
女性はもう一度自分の鼻を指差した。
絢香は軽く混乱したが、たぶんHannaが名前だろうとあたりをつけた。
雷三も同じように名乗り、三人はなんとなく固まって木の根方に座った。
ハンナはポツリポツリと聞き取れない言葉で何かを話していた。絢香はただ耳を傾けていた。
三人は一睡もできず異形を睨み続けていたが、異形は眠ってしまったようで静かな夜を過ごした。
夜が明けた。
日差しが暖かい。
異形はだらだらと汗をかきだした。
「こいつ、暑さに弱いんだ」
「異形の星は寒かったものね」
三人がハンナがリュックから取り出したチョコレートを食べていると、繭から出した少年が起き出した。
ハンナは何か語りかけ歩み寄った。少年は答え、辺りを見回し、異形を見つけて叫び声をあげた。
異形はそんなことに構っていられないほどに暑さと戦っているようだった。
「なんとかしてあげられないかしら」
「人間を獲るやつなんか死んだ方がいい」
「そんな……。いい人かもしれないし」
「いい人は赤ん坊を殺さない」
絢香は反論できず、服の裾を握った。
幼児が起きるのを待って絢香たちは出発した。
少年はユッカ、幼児はマリ、女の子だった。
ハンナが皆を先導し、森に入っていった。




