星をみあげて
星をみあげて
もう、二時間。
葉子と並んで、夕焼けで赤く染まった川を眺めている。
黙ったまま、ぼーっとしている。
「恋愛ってさ」
独り言みたいに、葉子がつぶやく。
「恋愛って、お互いを見つめ合うことなんだって。そんでさ」
ぽつり、ぽつりと言葉をつむぎ、また、だまってしまう。
僕は川を見たまま、聞くとも無く聞いている。
「結婚はさ、二人で並んで同じところを見つめることなんだってさ」
「そうか」
「うん」
また、黙る。
結婚しよう、と言ったのは僕だった。
わかれよう、と言い出したのは葉子だった。
二人で向かい合って長い時間、話したが、お互いの気持ちはどちらも変わらなかった。
結婚したい、と僕は思う。
わかれたい、と葉子は思う。
残照が引いていき風が冷たくなってきた。
結論は出ないが、いつまでもここに座っているわけにもいかない。
「あたしは」
また、葉子がぽつりと言う。
「もう、あなただけを見つめることはできない。あたしにはやりたいことがあって、どうしてもそこを見つめてしまうから」
僕は川を見たまま、聞くとも無く聞いている。
すっかり暗くなり街灯もない川原ではお互いの顔も見えない。
「あ」
葉子が、空を指差す。
「星」
葉子の指の先、たしかに、明るく輝く星が見える。
「僕には、夢を見ている君の顔はきっと見えない。けど」
葉子が指差す星を、僕も指差す。
「同じ星を並んで見つめることはできる。それじゃ、だめかな」
葉子がどんな顔をしたのか見ることは出来なかった。
僕たちは並んで星を見ていたから。
「行こう。あなたと見つめあいたくなった」
葉子が立ち上がり、言う。
「明るいところで、顔を見よう」
僕は聞くとも無く聞いていて立ち上がると、葉子の手を握って街明かり目指して歩き出した。
「珈琲聖道でいいかな。あそこなら、カウンターがある。二人で並んで、壁にかけてある、あの十字架を見つめて珈琲を飲もう」
葉子は黙ってうなずいた。