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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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呪いなんかいらねえよ

呪いなんかいらねえよ

「ごめん、あと30分待って!!」


ええーー……。


拓哉は携帯の通話を終了して、すぐに時刻を確認した。

現在、午後5時15分。

拓哉の勤務時刻は5時まで。すでに15分オーバーなのに、さらに30分。

そこから車で帰社するのに45分。

残業代はもちろん、出ない。


「やってらんないよなあ……」


以前の担当者、佐藤さんの時には、契約通り5時きっかりには帰社できていた。

その佐藤さんが産休で、今の後藤さんに代わってから、拓哉はサービス残業続きだった。


住宅地図の調査員を始めて一ヶ月。

歩くことが好きだし、大学の長い冬休みの暇つぶしを兼ねてちょうど良いと思っていたのだが。担当する地区は行けども行けども田んぼと畑ばかり。

ふきっさらしで顔も手も凍えてガチガチになる。

しかも、前年度、前々年度、いや、そもそもの最初からなのか?地図はまったくデタラメだった。

地図上でまっすぐな一本道のはずの道を歩いていると、やたらと交差点にでくわし、しかも道は蛇行している。

測量なしでフリーハンドで地図を訂正する作業は、もはや苦行だった。

その仕事を、朝9時から夕方5時までピッチリこなし、さらに一時間以上の時間のロス。


「やってらんないよなあ……」


つぶやいてみても、後藤さんの車にピックアップしてもらわなければ、帰ることもままならない。拓哉が立っているところから駅まで徒歩二時間はかかるのだ。

ぐるりを見渡してみても喫茶店やコンビニなど影さえ見えない。それどころか建物と言えば、農具がしまわれているらしい倉庫くらいしか目に入らない。


「やって……………………」


後半の言葉を飲み込み、深々とためいきを吐く。

愚痴っていても体は暖まらない。とにかく、少しでも暖かいところへ移動しなければ。

今日、訂正をいれ続けた地図を確認する。

そうだ、小さい神社があった。神社の建物の中にいれば、風だけは遮れるだろう。

拓哉はとぼとぼと移動を開始した。


神社というよりは祠と言ったほうがピッタリくるほど小さな建物だったが、拓哉は小さく体を折りたたんで建物の中に入り込んだ。

この神社の宮司が見たら「罰当たりものめー!」と怒鳴られそうだが、凍えて風邪をひくよりずいぶんマシだ、と拓哉は自分に言い訳をして、ぎゅうっと祠の中に収まった。

携帯の時計を見る。午後5時18分。

また溜息。今度の溜息は風に飛ばされることなく拓哉が抱えた膝を温かく湿らせた。

風を除けるだけで、これほど暖かいものか、と拓哉は壁と屋根と床のありがたみをしみじみと感じた。

とくに、背中がポカポカと暖かい。

まるで背中だけに陽射しを浴びているように。

いや、陽射しというよりはストーブであぶられているような。

いや、ストーブというよりは200度で予熱しているオーブンに背中を突っ込んだような!?

熱さに、あわてて転げ出る。

背中をバタバタと触ってみたが、燃えている様子はなかった。

燃えるほどの熱さを感じていた背中も、じんわりと冷えていく。


おそるおそる祠の奥を覗き込むと、なにやらピカピカ光り輝くものがある。

そっと指でつついてみようとした途端、


「無礼者め!!」


甲高い声が恫喝した。あわてて指を引っ込める。


「我が社に土足で踏み込み、なおかつ我に触れようとするなど、無礼千万!そち、呪うかや?」


祠の奥、小さな光るものはよく見ると人型をしていた。そして、拓哉を怒鳴りつけていた。


「そちの子孫7代まで皮膚が焼けただれる呪いをかけるかや?それとも指がただれる呪いがいいかや?」


「いや、どっちも嫌だけど」


「なんと!無礼な上に強欲なやつよ!なれば足も腐らせようかや?」


「いや、呪いとかいらないから」


「む!いらないかや」


そう言うと輝きはすうっと引いていき、小さな生き物の姿をはっきりと見ることができた。

大きな袖の平安時代みたいな着物を着て、頭の両側に輪っかをつけたような髪型の、子供のようなものだった。体長は20センチくらいだろうか。


「そちは見かけによらず欲の浅いものだのう」


「いや、誰でも呪いはいらないだろう」


拓哉の素のツッコミに、小さいものは「ほうほう」と感心している。


「なるほどのう。人間というものも、案外捨てたものでもないようだのう。よし、ではそちに憑いていってやろう」


そう言うと、小さいものはきらきら輝く金粉のように小さくなって、拓哉の鼻の中にすうっと入っていった。


「!?!?!?!?」


拓哉は鼻を押さえ、もんどりうった。頭の中で小さなものの声がする。


「我はアガタノヌサヒコナ。そちが呪いを欲するまで同行しようぞ」


「(呪いなんか未来永劫いらねえよ!!)」


「そう言うな。いつか欲する時が来ようぞ」


鼻を押さえたまま、呼吸することも忘れ、アガタノヌサヒコナに反駁しようとした時、拓哉の携帯が鳴った。

後藤からだ。


「もしもし!?」


「あ、拓哉くん?どこにいるの?いや、それよりも、沼田くんが急病なのよ。病院に運ぶから、もうちょっと待ってて!!じゃ!」


携帯から一瞬だけ通話終了を知らせる「ツー」と言う音がして、無音がおとずれた。


「やっっっってらんねええよ!!!」


「おお。そち、呪いを所望じゃな?」


「呪いなんか、いらねえよ!!」


叫ぶと、拓哉は夕焼けに向かって走り出した。

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