金の糸 58
夜になった。
窓から見える空は黒くなったが、宇宙港の明かりのせいで星は見えなかった。
絢香はロビーのベンチによじ登り座り込んでエサを食べた。
一人の男性の異形が絢香に近寄ってきた。低く響く、けれどやはり不快な声で、絢香に話しかけた。絢香は首を横に振り、ミドリが発していた「キィ」という音を口にしてみた。
異形の男性は目を細め、また何かを話したが、絢香はやはり首を振るしかなかった。
男性はそっと手を伸ばすと絢香の頭を撫でた。
「人間が好きなの?」
男性はかわらずにこにこと絢香をなで続けた。
そこに座り続けていると、道行く異形が絢香の前で立ち止まり、頭を撫で、飲食物を与えた。
絢香は自分が捨て猫になった気がして心細くなった。
「雷三……」
絢香は立ち上がり、大声で叫んだ。
「雷三ー!」
ベンチから飛び降り、叫びながら歩き回る。
「雷三ー!絢香よー!雷三ー!」
壁に沿ってゆっくりと歩きながら叫ぶ。入り込める隙間に片っ端から入り込んで叫ぶ。
そうすると、興味をひかれたらしい異形がぞろぞろとついてきた。夜だというのに、宇宙港はたくさんの人の行き来があるようだった。
「雷三ー!」
宇宙港を二周した頃、絢香の声が枯れてきた。ベンチに戻り休憩する。ついてきていた異形はぞろぞろと散っていった。
数人残った異形のうち、小柄な、子供のように見える異形が、絢香に水を飲ませてくれた。絢香は子供に「ありがとう」と笑ってみせた。子供は喜んで絢香の頭を撫で抱きしめた。
子供は絢香を抱いたまま歩き出そうとしたが、一緒にいた女性が子供の手から絢香を取り上げた。『人間は飼えません!』とでも言ったのか、泣き叫ぶ子供を女性が叱りつけ、二人は去っていった。
絢香は小さく寂しげな笑いを浮かべると、一人、ベンチで眠った。




