金の糸 52
ミドリはうろちょろと道の端から端へと走り回る。絢香はミドリの後を追い、襟首を捕まえようとしたが、間一髪のところを逃げられた。
「ミドリ、待って!危ないから、手を繋ごう、ミドリ!!」
ミドリはキャーキャーと奇声をあげながら走り回る。
異形の足元をすり抜け、乗り物の足を止め、まるでわざとかのように危ないところに突っ込んでいく。
「ミドリ!!」
ミドリが、突っ走ってきた乗り物の前に飛び出す。絢香はミドリに抱きつき、目をつぶった。
どぅん
鈍い音がして、激しい振動があった。
ぶつかったと思ったのに痛くない。絢香は恐る恐る目を開けた。
乗り物は横転して、筐体が跳ね飛び、馬がむき出しになっていた。横倒れになった馬はぶるぶると首をふって立ち上がった。筐体から顔を出した異形は額から黒々した血を流していた。
「たいへん、怪我してるわ!」
絢香は駆け寄り、異形の額に触れようとした。けれど異形は顔を反らし、絢香に触れられるのを避けた。
「あやかぁ、はやくいこうよぅ」
ミドリは何事もなかったかのように絢香の服の裾を引っ張る。布を巻き付けただけの服は、引っ張られるとすぐに脱げそうになる。絢香はミドリの手を取り肩の布を押さえた。
「待って、ミドリ。この人、怪我しちゃったから手当てしないと」
「そんなの水で洗えば治るもん」
「だからって、放っておくわけにはいかないでしょう」
「だいじょうぶ!おじさんたちは、ニンゲンにフカシンだから!」
「え……不可侵?」
「そう!だから、怒られないんだよ!」
絢香はミドリの両肩をつかんで目をあわせた。
「怒られなくても、だめ!人に怪我させたら謝らなきゃ」
ミドリは首をふってぐずる。
「おじさんたちは、ひとじゃないもん!馬だもん!」
「ええ!?馬?」
「ママが言ってたもん。あいつらはニンゲンのカチクだって!」
絢香は愕然とした。思わずミドリの肩を握る手がするりと離れた。ミドリはキャーと叫びながら駆けていく。
「あ!待ちなさい、ミドリ!」
絢香は血を流した異形にぺこりと頭を下げ、ミドリを追って走った。
ミドリはするすると逃げていき、一軒の小屋に駆け込んだ。
それは立ち並ぶ異形の家に比べて、質素、というより粗末で、居心地も悪そうだった。
「キャー」
ミドリが叫ぶ。小屋にいた異形が小屋から顔をだし、ミドリと絢香を認めて目を細めた。
鮮やかなブルーの衣服、短く切り揃えたたてがみ。
いつも村に来ていた警察官だった。
「キャー、キャー」
ミドリの奇声に警官は反応を見せ、懐から小さなエサの欠片を取りだし、ミドリに与えた。ミドリは息も忘れて頬張る。
警官は絢香にも同じものをくれた。
絢香は臭いを嗅いでみた。甘酸っぱくて美味しそうだった。
「あやか、それちょーだい!」
ミドリが手を差し出す。絢香が与えていいものか迷っていると警察官がまた懐から同じものを出しミドリに与えた。
「キャー!」
ミドリは奇声をあげエサを頬張る。絢香も口に入れてみた。それは駄菓子のような懐かしい味がした。薄っぺらく甘すぎてぎとぎとしている。
噛み締めながら警察官を見上げると、目を細め何かを呟いた。
「ひみつだよ」
「え?」
ミドリが絢香のそばで発表するように言った。
警察官は続けて何かを喋る。その後を追うようにミドリが喋る。
「ミドリのママにはひみつだよ」
「ミドリ、あなたこの人の言ってることがわかるの!?」
「あやかはわからないの?わあ、ママみたーい」
「お願い、ミドリ!この人に雷三のことを聞いて!」
「らいぞー?」
ミドリは可愛らしく首をかしげた。




