表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
28/888

京都の和菓子

京都の和菓子

(明日は休みだ。今日を乗り越えれば、明日はこのツマラナイ仕事から開放される)


重い足を引きずりながら、オレは心の中でつぶやく。


毎日毎日、ノルマノルマ。


「お前が無能だから売れない!」と罵られ続ける。


毎朝、吐きそうなほどの胃痛と共に出社するコッチの身にもなれってんだ。


毒づきながら、目の前のチャイムを押す。


今時、インターホンじゃない、ただ音が鳴るだけのチャイム。


カモだ。


「は〜い」


のんきな返事をしながら、ヨボヨボのばあさんが出てきた。


「あ、とつぜん、すみません!京都のおいしい和菓子をご紹介してるんですけど…奥さん、甘いものなんか、お好きですよね?」


オレはできるだけ人懐こく愛想よい仮面をかぶり、猫なで声を出す。


「和菓子?ええ、好きねえ」


「あ、そうですか〜。今日はね、京都でしか手に入らない美味しい和菓子を、特別にウチだけに卸してもらってるんですけどね、皆さんに是非、味わってほしいな〜ということでね…」


しめた。


さすがばあさんだ。訪問販売に疑問を持たない。イイカモに当たった。


「美味しい和菓子」なんて大ウソだ。甘ったるいだけの歯が溶けそうな代物だ。


京都でしか手に入らない、ってのは、誇大表現ってヤツだ。潰れそうになってた京都の売れない工場を買い取って、安いだけの菓子を作らせているだけだ。


しかし、そんなこと、ばあさんに教えてやる義理は無い。


「あんこたっぷりの大福、ね、コレ、見てください!大きいでしょう!すっごくおいしいんですよ。コレ三個で二千円のところ、卸価格なんでね、今だけ五百円なんですよ」


これも、もちろん、大ウソだ。


こんな大福、三個まとめても、100円もしない。


「あらあら、おいしそうねえ。今日は老人会があるのよ〜。3箱いただこうかしら…いえ、待って。今日は何人かしら…。あら、足りないわ。5箱くださる?」


「ありがとうございます!!」


やった。


カモどころか、大黒様だ。


一気に軽くなったカバンを担ぎなおし、オレは次の家へ向かう。


どうやら、この辺りは古い家が多いらしい。


どこもここも、チャイムを押せば、すぐに老人が顔を出す。


そして、皆が口をそろえて言う。「今日は老人会だから…」


何度もその台詞を聞いたことはオクビにも出さず、オレはあっという間に今日のノルマを捌きおえた。


老人たちは大量のクソまずい大福に囲まれるだろうが、そんなこと、オレの知ったこっちゃねえ。


当たりのいい地区だったが、二度とここには来ない。


また来れば、詐欺呼ばわりされるのが目に見えている。


駅に向かっていると公園に、老人達が集まっているのが見えた。


ヤバイ。オレのカモが、集結してる。


きびすを返して逃げようとしたが、一瞬、遅かった。老婆に声をかけられた。


「あら、和菓子屋さん!ちょうどよかった」


ああ…また文句を言われる。


詐欺まがい商法も大福がクソマズイのもオレのせいじゃないのに…!!


胃に穴が開きそうになりながら、それでもオレは、足を止めた。


「今ねえ、みんなで大福いただいてるの。


おいしいわあ。それでね、おかしいの。みんながみんな、全員のぶん買おうと思ったらしくて、もう、盛りだくさん!!良かったら、あなたもお茶、召し上がって行って」


明るい声で、老婆が言う。


あまりに予想外な言葉に、オレは唖然とし、老婆に手を引かれるまま、老人たちの輪の中に入った。


「いやあ、やっぱり甘いモンはうまいねえ」


「家じゃ嫁が糖尿がどうとか言って食べさせてくれん」


「そうそう。戦中、甘いものに飢えて、やっとタラフク食えると思ったら、健康志向、イヤんなるよ」


「おいしいねえ、コレ。甘くてとろけそうだ」


「今日は来てくれて良かったよ。おかげでうまいのが食べれた」


口々に礼を言う。


オレは手渡された大福を食った。歯が浮きそうなほど甘いはずが、なぜか苦い味がした。


「老人会は毎週水曜日なの。来週も持ってきてくれるかしら?」


「楽しみに待ってるよ」


オレは、ニコニコした老人たちに見送られ、電車に乗った。


ガランとした真昼の電車に揺られながら、オレは声を上げて泣いた。


電車が会社近くの駅につく頃には、オレは覚悟を決めていた。


なんとしても、社長に、良い菓子を作るよう説得する。


絶対、できるはずだ。


なんなら明日、京都の工場へ行って直談判してもいい。


土下座してでも、ウマイ菓子を作ってもらう。


そして、胸を張って、持って行くんだ。


あの人たちに、本当にウマイ大福を食べてもらうんだ。


会社のドアを開けても、もう胃はちっとも痛まなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ