金の糸 48
テントから出ると、冷たい空気が耳を引きちぎるようだった。
「テントの中は暖かかっただろう? タテガミを持つものたちが暖房器具を援助してくれてね。僕たちは皆凍えずに夜を過ごせるんだ」
建物の裏、異形が入り込まないような隙間に、テントが三張と倉庫のようなものが二棟建っていた。
人間達はにこやかに絢香と雷三に挨拶をおくる。
「はろー」
絢香はにこやかに返事を返すが、雷三はむっと口をつぐんだまま周囲の人たちを睨んでいる。
「雷三、はろーっていうんだよ。英語だよ」
絢香が笑顔で言っても、雷三は絢香の方へ顔も向けなかった。
建物と街の外壁の間が広い部分に人々は輪になって座った。子供たちが輪の中心。その次が老人、外側は大人で皆を守るように立っていた。
わあっと歓声が上がった。皆が街の方に顔を向ける。絢香と雷三もそちらを見る。
異形が、布袋を手にこちらへ向かってきた。絢香は反射的に立ち上がり、逃げようとする。雷三はそんな絢香を背にかばう。
譲治は二人の様子を見て、優しく微笑み、絢香の肩にそっと手を置いた。
「大丈夫。彼女は僕らを捕まえに来たんじゃないんだ」
絢香の肩を握る譲治の力は強く、絢香は逃げ出すことができない。雷三は譲治を睨みつけ、それでもその場に留まった。
異形は袋の中からいろいろな色と大きさのエサを取り出し、子供たちに手渡していく。子供達はわあわあと賑やかにエサを受け取っては口に頬張る。異形はつづいて老人たちにベージュのエサを。それから大人達に見慣れたエサを与え始めた。
「さあ、僕らも食事にしよう」
譲治は異形の手からエサを受け取ると、絢香に渡した。続けて受け取ったエサを雷三に差し出したが、雷三はその手を払いのけた。
「エサはいらない」
譲治は肩をすくめて雷三に向き直った。
「これはエサじゃない。栄養バランスの良い、効率の良い食事だよ。タテガミを持つものから受け取るのが気に入らないんだね。けれど彼らは僕たちの味方で……」
「エサはいらない」
雷三は言い捨てると異形の脇をすり抜けて街の方へと歩いていく。
「雷三、待ってよ!」
走り出そうとした絢香の肩を譲治が止めた。
「大丈夫だよ。彼もすぐにわかるさ。ここが目指していた自由の地だってことがね」
譲治は絢香の手を握った。絢香は去っていく雷三の背中を、ただ見つめた。




