金の糸 44
目覚めると、辺りはすっかり暗くなっていた。
「起きた?絢香」
「ん。おはよう、雷三」
絢香は雷三に抱きつく。
「良かった。もう会えないかと思った」
雷三もしっかりと絢香の背を抱き締める。
「ありがとう、絢香。助けてくれて」
「うん」
絢香は体を離すと立ち上がった。
「行こう、雷三」
絢香に手を引かれ雷三も立ち上がる。
道路に顔だけを出し左右を見渡す。人通りはまだちらちらとあったが、皆、下を向いて歩いてはいない。足元になど気を配りそうもない。
二人は建物の陰から陰へ伝い走った。
道のあちらこちらに、馬が閉じ込められた乗り物が停まっている。
「ねえ、また乗り物に乗ってみる?」
「勝手に走らせたら、馬は群れに帰っただろ?異形のいるところには行けない」
「そうか。宇宙港は大きな町にあったわ」
「それはここではないの?」
「違うの。もっとずっと大きな街。異形はみんな輝く布をまとっていたの」
二人は街の外へ急ぐ。
すっかり暗くなった砂漠へ向かい走る。
「道が見えるギリギリ遠くを行きましょう。道を歩いたら見つかるかもしれない」
絢香が先導して町から離れていく。礫砂漠は石がごろごろして歩きにくいが、雷三が足に巻いてくれた布のおかげで痛くはなかった。
絢香は雷三の手をぎゅっと握った。
しばらく歩くと砂漠に植物が見えだした。真ん丸で人間の腰くらいの高さの灰色のもの。
最初、絢香は石だと思い手をついた。しかしそれは柔らかく温かみがあった。
雷三はそれを蹴ったり叩いたり噛みついたりしたが、植物はびくともしなかった。
「食べられるかと思ったんだけどな……」
「お腹すいたわね」
「おなかすいた、って、なに?」
絢香はびっくりして目を見開いた。
雷三は『おなかがすいた』という日本語を知らない。
金の檻の中で雷三と出会って、言葉を教えている最中に、絢香は一度も『おなかがすいた』と口にすることがなかったのだ。
檻の中はいつも暖かく、清潔で、食べ物も飲み物も豊富にあった。今とは真逆の環境だった。
それでも絢香は檻の中に戻りたいとは思わなかった。
「お腹すいたって言うのはね、生きてるっていうこと」
絢香は自分自身、その言葉をしっかりと胸に刻んだ。




