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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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ON THE DISPLAY

ON THE DISPLAY

「京都」と言うパソコンゲームがあった。

 もう、15年は昔の話だ。


当時、まだウィンドウズは今ほど巷間に流布しておらず、パソコンは非常に高価だった。貧乏学生な私がおいそれと買えるものではなく、姉の仕事用のパソコンを借りて遊んだ。


「京都」には、説明書というものが付いていなかった。ゲームの起動方法が、かろうじて、パッケージの裏面に印刷されていただけ。


 ゲームを始めると、主人公の性別選択画面が出る。「女性」で始めてみる。

スタートボタンをクリックすると、原っぱの真ん中に、主人公がぽつり、と立っている。素っ裸で、持ち物も何もない。

 突っ立っていても仕方ないので目の前の道を、てくてく歩いて行く。操作はマウスでクリックするだけ。簡単である。


 しばらく歩くと道端に、行き倒れた死体がある。男だ。

 クリックして調べると、着物、刀、銅銭をいくらか持っている。失敬して、死体の身ぐるみを剥ぐ。主人公に着物を着せ、刀を差すと、遠くに建物が見えていることに気付いた。そちらへ向かう。


 朱塗りの大門に、行きかう大勢の人たち。みな着物だ。どうやら、ここは平安時代の京都らしい。すると、この門は朱雀門か。

 門をくぐると、そこには平安の町並みが広がっていた。


 朱雀大路を北に向かって、まっすぐ歩く。

 大路には人がたくさん歩いており、行商の売り声が聞こえたりする。寺があり、神社があり、牛車とすれ違う。

 大路の突き当たりに、また、大きな門があり、兵士が槍を構えて通せんぼしている。どうやら、御所まできたようだ。兵士が言う。


「お前のような下賎の者が何用か。去れ」


 はい、ごもっとも。くるりときびすを返し、平安京見物に行くことにする。


 適当な路地を曲がると、死体が転がっていた。

 ぎょっとして立ち止まる。辺りを見回すが、誰もいない。

(また、路銀をくすねることができるかもしれない)と思い、死体に近づき、調べてみる。すると、どうやら疫病で死んだ者だったらしい。主人公は病を得て、あっけなく死んでしまった。


 あーあ。ゲームオーバーか。


 と、思ったが、ディスプレイは真っ暗なまま、うんともすんとも言わない。しばらくすると、真っ暗な画面から、人のうめき声が聞こえてきた。徐々に大きく、たくさんの人声がする。


 ぱっと、画面が赤くなり、主人公は炎熱地獄で炎に焼かれているところだった。

 

 なるほど。死体から盗むような人間は地獄行きということか。

 私はしばらく、ぼおっと、地獄絵図を見物した。針山を登るもの、煮立った湯に突き落とされるもの。ゲームと言えど、見ていてここちよいものではない。


 地獄の責め苦も永遠には続かないらしく、時間が経つと、主人公はまた、原っぱに、突っ立っていた。


 生まれ変わったのだ。


 しかし、やはり素っ裸で持ち物もない。

 とにかく、平安京に向かう。道中の死体には近づかない。

 町についたはいいが、裸ん坊ではしようがない。服をどうにかしなくては。人のいないほうへ、いないほうへと進み、荒れ果てた屋敷を見つけた。ここなら人は住んでいないだろうし、もしかしたら着物が見つかるかも。


 屋敷に入ってきょろきょろしていると、幽霊が出た。あ、まずいな、と思ったときには幽霊に取り付かれ、死んでいた。


 今度はすぐに、画面が明るくなった。


 花が咲き乱れ、天人が舞い遊んでいる。

 主人公は、天界に生まれ出たようだ。盗みをしなかったのが、幸いした。しかし、天人であっても、死は訪れる。美しかった容姿が嘘のように枯れ果て、散る。


 また、原っぱにいる。

 京へ向かう。うろつく。腹が減り、市で魚を売っている女から盗んで食べる。路地を曲がる。追い剥ぎに出会い、切り殺される。


 原っぱにいる。

 今度は犬に生まれたようだ。京へ向かう。うろついていたら、百鬼夜行に出くわし、とりころされる。


 原っぱにいる……。


 何度も生まれ変わり、いろんなことをした。しかし、何をしても、結局、死ぬ。

 そしてまた、原っぱにいる。


 私は飽きてしまい、それ以降「京都」は、やっていない。

 もしかしたら、どこかに「解脱」というゴールがあったのかもしれないが、

 今のところ、煩悩にまみれて生きることに現実では、まだ飽いていない。

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