金の糸 37
老人は絢香の檻に近づくと、舐めるように絢香を見つめた。けれど檻の中に手を入れようとはしない。
絢香のもとを離れると、老人は壁に設置された丸いボタンを押した。
壁にずらりと並んだ人々の口から声が発せられた。高く低く、さまざまな声が。けれどそれはバラバラに乱雑に積み上げられるだけで、歌と呼ぶには不興を感じた。
何人も並んだ人々は目をつぶったまま、口もほとんど動かさず、ただ機械的に声を出すだけ。
絢香は一番近くにあるケースをじっくり見てみた。
「ひっ……」
恐怖で呼吸が止まった。
ケースの中の人の背中には金属の棒が突き刺さり、それが直接、肺を収縮させているようだった。
ずらりと並んだ人々は皆、死体だった。
死者の合唱は灰色の渦を巻くように響き、唐突にぷつりと終わった。
老人は満足げにカウチに腰を下ろすと、絢香に微笑んでみせた。
歌え、と命じられているように感じた。そうしないと、絢香もケースの中に入れられるのではないかと思った。
絢香は歌う。震える喉を無理矢理ひらき、かすむ声で。
老人は不快げに顔をしかめると、手をあげて絢香を黙らせた。立ち上がり部屋を出ていった。
絢香は部屋を見渡す。そこに並ぶ死体の列。その端に絢香の席が用意される日は遠くないように思われた。
「……逃げなきゃ」
絢香は檻の中を見渡した。せまい檻の中には逃げ出す助けになるものは何もなく、絢香は素手で金の糸をこじ開けようと力を込めた。
金の糸はゆらりと柔らかく揺らいだが、一定の幅以上には開かない。
一本ずつすべての糸を揺すったが、どれも同じだった。最大に隙間を開けても、絢香の頭も入らない。
絢香は檻の中で座り込んだ。




