金の糸 36
雷三が叫ぶ。
「絢香!」
絢香はすくんで身を縮める。
男は絢香に巻き付いていた金の糸を取りさると、さっさと手を引き、檻を取り上げ、部屋を出た。
「雷三!」
「絢香!」
雷三の叫び声が扉に阻まれて消えた。
男は地上に出ると表通りに向かった。いくつかの角を曲がり、豪華な邸宅が立ち並ぶ区域に入った。
絢香は檻から外をしっかりと見渡した。道順を余さず覚えているために。
辺りには異形が歩いておらず、たまに宙を走る乗り物が通りすぎて行った。
男は一軒の豪奢な建物の前で立ち止まった。金色の門に手をかけ、がしゃがしゃと揺する。
建物の中から地味な色合いの布をまとった女が出てきた。男は不快な声で短くなにかを話しかけた。
女は門を開け、男を中へ導いた。
建物の中は外よりもはるかに豪華だった。絢香が今まで見たどの家よりも。壁も天井も光輝くほどに白く、金の意匠が上品に施されている。
扉は真珠色で、光をうけて七色に輝いた。
女が先導して屋敷の奥へ向かう。廊下を進むごとに灯りは少しずつ減り、最奥にたどり着く頃には、やっと自分の足元が見えるばかりだった。
女は扉の脇にある機械に触れ、部屋の中に来客を告げたようだった。男を残して女は去った。音もなく扉が開き、男は部屋の中に入った。
部屋の中はますます暗かった。
ただ、壁際にならんだガラスケースの中だけは明るく照らされていた。まるでコレクションを陳列しているように見えた。
けれど、ケースの中にずらりとならんだものは人間で、どれも皆、眠っているように見えた。
部屋の奥、ゆったりとしたカウチに座った年老いた男の異形が、絢香の檻に目を向けた。
ぞくり、とした。
その目は絢香の体を見透かした。
皮膚を、肉を、筋を、骨を見透かした。
どこまでも冷徹に観察され、絢香は自分の身をかき抱き、うずくまり震えた。
その老人が一言呟いた。
檻を持っていた異形は、近くにあった台に絢香の檻を置き、にやけた笑いを浮かべた。
老人は男を睨み、男は気まずそうに部屋から出ていった。
絢香は怯え、老人の目を見ることができなかった。




