金の糸 31
乗り物は宙を滑っていく。
市場の方から甲高い叫びが聞こえた。この乗り物の持ち主かも知れない。けれど確かめる間もなく乗り物はすごいスピードで走り続けた。
座席に座らず床に直接触れていると、生き物の息づかいが伝わってくる。そのわずかな振動は絢香を車酔いにさせた。
「絢香、顔色が悪い。大丈夫?」
「ううう、気持ち悪い」
「上のイスに登って寝ていなよ。これは俺が踏んでおくから」
絢香はペダルを雷三にまかせ、座席に登った。イスの上は驚くほど静かで暖かかった。
乗り物は道を反れて荒れた礫地を走っていく。
「絢香、この先、なにか見える?」
足元のペダルのそばにいる雷三からは外の景色は見えていない。絢香は吐き気をこらえながら窓から外を見た。
「なんにも。どこまでも地面があるだけ」
「こいつ、どこへ行くつもりなんだろ」
「もしかしたら、異形の家に帰るのかしら。道を覚えているのかも」
「そうだとしたら、ダメだな。どこかでこいつを捨てて歩かないと」
「雷三!何か見える!」
窓の外、遠くに動くものが見える。
「生き物だわ」
「異形か?」
「わからない」
雷三は乗り物を止めようとペダルから足を離した。けれど乗り物は走り続ける。
「こいつ、止まらない!」
ペダルを踏んだり離したりを繰り返しても、乗り物は変わらぬ速度で動き続けた。
「止まれ!止まれってば!」
雷三が床を踏み鳴らしても乗り物は止まらない。
「絢香、飛び降りよう!」
「待って、異形じゃない。図鑑で見た動物よ。宙を走る馬みたいなやつ。この乗り物の下にいるやつだわ」
雷三は座席に飛び上がると窓の外を眺めた。動物の群れがこちらを見ている。
「本当だ。こいつ、故郷に帰ってるのかな?」
「そうかもしれない。もう少し待ってみましょう」
乗り物は群れに近づくとスピードを落とした。完全に止まった乗り物から二人は降りた。
群れの中から何頭かが出てきて、乗り物の下に鼻面を突っ込んだ。
絢香と雷蔵は動物たちの行動を観察した。
馬に似ているが足はなく、宙にふわりと浮いている。首は長く優しい目をしていた。地球の馬の三倍ほどは大きいだろう。
その動物たちは次々と乗り物に近づき、機体を揺すり持ち上げようとしているように見えた。一頭が乗り物の下にもぐりこみ、体を反転させた。乗り物はころりと転がり、機体の下から動物が出てきた。
やせ細り、体毛はあちらこちら擦り切れている。傷ついた一頭を何頭かが舐めてやっている。
「ひどい……」
「異形はこいつらにエサをやらないんだろうな。死ぬまで働かせるだけなんだ!」
雷三は怒りを目に湛え乗り物の機体を睨む。
「でも、死んでしまったら乗り物がなくなるのに……」
「そうしたらまた新しい馬を用意するんだ。そういうことをする人間を知ってるよ。馬を好きじゃないんだ。道具と思ってるんだよ」
「雷三は馬が好きなの?」
「馬は家族だよ」
雷三は動物のそばに寄っていく。動物たちは雷三のにおいを嗅ぐ。雷三は手を伸ばし、動物に触れた。
「絢香、この馬に乗ってみよう」
雷三は満面の笑みで絢香を振り返った。




