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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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キズモツワタシ

キズモツワタシ

私の部屋には、一本の木の棒がある。


長さ160cm、幅15cm、厚さ3cm。


この棒は、もとは弟の部屋にあった。


弟は、私が7歳のときに、突如、あらわれた。


7年間、一人っ子としてあまあまと甘やかされた私にとって、弟は私をおびやかす、


敵だった。


それでも、生まれてからしばらくの間は、私も弟をかわいがった。やはり、赤ん坊のかわいらしさにかなうものはない。


その弟に知恵がつき、保育所へ通うようになった2歳ごろから、私はとことん、弟をいじめた。いじめ抜いた。


軟弱で気弱で意思表示のはっきりしない弟は、かっこうのいじめの対象だった。


そう思ったのは私だけでなく、保育所の悪童たちも同意見だったらしく、弟は保育所でも家でもいじめられる、根っからのいじめられっことして育った。


そんな弟だから、他人の意見に反対することなど、ほとんどない。


しかし、ただ、一度だけ。


弟が、はげしく自分の意見を言いつのるのを見たことがある。


私が高校1年、弟が小学校2年の時のこと。


以前から不仲だった両親が、夜半におそろしいほどの大声で喧嘩をはじめ(と言っても、母が一方的に父を、ののしっていたのだが)とうとう母が、父を家から追い出した。


それからしばらく、父はどこかへ雲隠れして、母は夫婦の寝室とリビングと客間をリフォームして、家庭内別居の準備をはじめた。


父のダメさかげんに、とうに愛想をつかしていた私は、当然の仕儀、と横目で見ていたが、


弟は、泣いて反対した。


「リフォームなんて、絶対、ダメ」だと言う。


しかし、普段から自分の意見を言いなれない、いじめられっこ体質の弟が、


まともに働かないふがいない夫に頼らず、働きながら二人の子供を育ててきた母に、口で勝てようはずもなく。


リフォーム業者は毎日、刻々と部屋を解体して行った。


弟は、学校から帰ると、恨みがましい目で、じとーっと業者さんたちをにらんでいた。


弟の念力も及ばず、リフォームは完成した。


かなり有能な業者さんだったらしく、予定の金額よりずっと安く、ずっと早く、新しい部屋は出来上がった。


工事が終わり、母と私がねんごろにお礼を言っているとき


最後まで、じとーっと、にらみ続ける弟に、


業者さんの親方さんが、一本の木の棒を渡した。


「ほら、ぼっちゃん。コレ、プレゼントだよ」


いぶかしげな顔をしていたが、弟は素直に受け取った。そして、その棒をしばし見つめると、ぎゅっとだきしめた。


「すこし縮んだけどな。大事にしてくれよ」


そう言うと、親方は、父親が息子にするように、弟の頭をぐいぐいっと、なでた。


それ以来、その棒は、弟の宝物として、弟の部屋に飾られていた。


長さ160cm、幅15cm、厚さ3cmの木の棒。


昨年、弟は生意気にも、結婚した。


相手は、非の打ち所のない女の子。


まったく、なにをトチくるって、うちの弟なんかと結婚したやら。


弟は、新居にも、その棒を持って行こうとしていた。


私は、無言で、棒をひったくった。


弟は、私の意図するところがわからず、しばらくポカンとしていた。


「あんた、柱もない家に住むわけ?大黒柱も立てられない甲斐性無しなの!?」


弟は「ふは」とよくわからない笑い声を出し、私にその棒を託した。


昔、和室の柱だった、その棒の表面には、


「エミ、7歳 ショウタ、0歳」父の筆跡で、私と弟の背丈が刻み込まれている。


両親が仲良くしていたという記憶がない弟にとって、この柱は、幸せな家庭の象徴だったのだろう。


でも、もう、あんたには、必要ない。


だって、あんたは、これから、真新しい柱に、新しいキズをつける父親になるんだから。


私は、一世一代の名演技で、優しい姉を演じ、弟とその花嫁と未来の私の甥っ子に、


「おめでとう」


と、言った。

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