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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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金の糸 29

二人はテントが密集して異形の目が届かないところへ向けて走った。露台の下に潜り込み辺りの様子をうかがう。

市場は人通りが多くやかましい。少しくらい話しても声を聞き付けられることはなさそうだった。


露台は石を薄く細く切り出したものを組み立ててあり、石の隙間から並べられているものがちらりと覗けた。


絢香と雷三が潜んでいる露台には色とりどりの砂が瓶に入れられ並べられていた。その隣は石、反対隣はどろりとした液体を並べている。


二人は露台の隙間からテントの中を観察して歩いた。異形たちは商品と交換に銀色や虹色の糸のようなものを渡している。どうやらそれらは貨幣らしい。

中には、たくさんの異形が群がっていて、手に手にたくさんの貨幣を差し出しても、店主が手を振り客を帰らせる店もあった。


「あれはなにを売ってるのかしら。ここからじゃ見えないわね」


「きっとすごいものだよ。見てくるよ」


雷三は露台の足に掴まるとするすると上っていって隙間から露台の上を見上げた。


「あ!」


雷三は大声をあげ、絢香は雷三が店主に見つかったのではと思い、真っ青になった。けれど店主は雷三の声には全く反応せず客の対応を続けた。

雷三は何事もなく、するすると下りてきた。


「だめよ、雷三。大声を出したら見つかる!」


「見つからなかったじゃないか。それより、売られてるの、人間なんだ。檻に入ってる」


「ええ!?」


二人がひそひそと話していると、突然、頭上から歌声が聞こえた。


「演歌だわ」


絢香はぽかんと口を開けた。


「絢香の故郷の歌?」


「そうよ。捕まってるのはやっぱり日本人なんだわ」


「絢香、俺が肩車してやるから、話してきて」


「え、無理よ」


「なんで?言葉がわからない?」


絢香は真っ赤になる。


「そうじゃなくて……。私、重いから持ち上がらない……」


雷三は、むっとむくれると絢香を横抱きに抱き上げた。


「俺はそんなに弱くない。絢香くらい持ち上げられる」


雷三の顔が間近に迫り、絢香はますます赤くなる。


「わかった!わかったから下ろして」


雷三の腕から解放されると絢香は少しずつ後ろに下がり雷三と距離をとった。


「絢香?どこに行くの?」


「ど、どこにも」


「ほら早く肩に乗って」


雷三に再三うながされ、絢香は渋々雷三の肩にまたがった。雷三は軽々と立ち上がった。絢香は露台の隙間から上を見上げた。

金の糸が見えた。檻は明るい照明に照らされ輝いていた。絢香の位置からは人の姿は見えなかったが、絢香は話しかけてみた。


「すみません、聞こえますか?」


歌がぴたりとやんだ。


「誰だ、どこにいる」


絢香はできるだけ小さな声で呼びかける。


「下です」


すぐに金の糸の向こうに人の顔が見えた。髭がながく垂れた男性だった。絢香は死んだ雷三のことを思いだし、言葉を詰まらせた。


「おやぁ、べっぴんさんじゃないか。なんだい、散歩中かい」


「しぃっ!見つかる!」


「平気さぁ。俺が一人言を言ってるようにしか聞こえないさ。それよりべっぴんさんは、迷子なのかい?」


「いいえ。逃げてるんです。あなたもなんとかして出してあげる」


「俺のことは放っておいてくれ」


「え?」


男は絢香に背を向けて、ごろんと横になった。


「俺はこの暮らしに満足してる。三食昼寝付き、あったかくって寝てりゃいい。たまに鼻唄を歌えば喜ばれる。いいことづくめだ」


「でも……。じゃあ、帰りたくないの?」


男は尻をぼりぼりとかく。


「俺はお尋ね者なんだよ。日本に帰ったら逃げまわらなけりゃならねぇ。捕まったら檻の中だ」


「それじゃあ、今と一緒だわ」


「そう。だからどうせ檻の中なら居心地いい方がいいのさ」


絢香が何も言えず戸惑っていると、男はまた演歌を歌いだした。その歌を聞き付けたのか、露店の前に人だかりができてガヤガヤと騒がしくなった。


「雷三、下ろして」


雷三がしゃがんでも、絢香はしばらく雷三の肩に掴まっていた。


「絢香?どうしたの?」


「雷三……。私たち、地球に帰ることが幸せなのかしら……」


「幸せってなに?」


絢香は先程からずっと考え続けていた。けれどはっきりした答えはみつからない。絢香は地球にいたころの日常を思い出した。


「幸せって……。幸せって、美味しいものを食べたり、安心して寝たり、好きな人と一緒にいたり……」


「幸せって、じゃあ、檻の中のことなんだな」


「そうじゃなくて……」


「俺は檻の中へ帰るのはいやだ。故郷に帰る。父さんと母さんと妹と一緒にいる。絢香は?帰るのが嫌になった?」


絢香はうつむいて、返事をすることができなかった。

日常を幸せと思っていた気持ちが揺らいだ。

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