金の糸 28
二人が顔をしかめて無言で苦い実を食べていると、手押し車がゴトンと動き出した。二人は布の端をそっと持ち上げ外を見た。手押し車は二人が来たのとは逆の門から出ていく。二人は身を固くして息を潜めた。
しばらく滑らかに動いていた手押し車が、急にガタガタと揺れだした。どうやら道を外れて剥き出しの地面の上を通っているらしかった。苦い実がごろごろと二人の体にぶつかる。絢香は悲鳴をあげないように歯を食いしばった。
手押し車が停まったときには、絢香と雷三はほとんど実の山の下敷きになっていた。手押し車を押してきた異形は実にかけていた布を取り払うと大声で何かを呼ばわった。手押し車から目を離し遠くを見ている。
雷三が実の下から首だけ出して見ると、そこは果樹園らしく苦い実がたくさん木に実っていた。
雷三は絢香の手を取ると手押し車から飛び降り、木の陰に隠れた。そのまま様子をうかがっていると、あちらこちらから手押し車を押して異形がやってきた。どの車にもあの実が積まれていた。
異形たちは何事か喋り合い、笑いあいながら森の奥へ車を押していく。
「ついていってみよう」
二人は木の陰を伝って異形のあとを追った。歩幅が広い異形についていこうとすると、小走りになる。絢香はすぐに息切れしたが、雷三は息も乱さず走り続けた。
「川だわ」
異形たちは道々、果樹を取っては手押し車に乗せていたが、川縁につくと苦い実を水につけて洗い出した。すべて荒い終ると、また手押し車に積んで橋を渡り対岸へ行き、そこからはまた道なりに歩き出した。異形たちが見えなくなるまで待って、絢香と雷三は川縁に走ると川に口をつけてごくごくと水を飲んだ。飲みなれた甘い水だった。
ひとしきり喉を潤すと、絢香は顔を荒い、雷三は素足を水に浸した。雷三の足は固い地面で切った傷だらけだった。
「雷三!怪我してるじゃないの!」
「大丈夫だよ。この水で洗えば怪我は治るだろ?」
「そうじゃなくて……」
絢香が屈みこんで足の布をほどこうとするのを雷三がやんわりと止めた。
「俺は絢香が怪我したほうが辛いよ」
「でも……」
「さっきの異形を追いかけよう。道を行くなら足を怪我しない。それに人がたくさんいるなら、そこにはきっと布もある」
雷三は橋に向かって駆け出した。絢香もその後について走った。
しばらく道を走ると前方から異形の声が聞こえてきた。どうやら先ほどの異形たちのようだった。二人はまた道のわき、木陰を伝って走った。
やっと追い付いたころには、森は切れ、開けた土地に出た。
広々とした平野にテントがいくつも立っていた。軒先に露台があり、植物や石、布などが並べられている。
「市場みたいね」
「俺の故郷に似てる。お祝いの日に行くところに。行くといつも新しい服を買ってもらった」
雷三はじっと市場を見つめている。まるで今は見えない故郷の幻影を見るように。絢香は雷三の手を取り撫でてやる。雷三は絢香に笑顔を向けた。
「行こう。新しい道を見つけよう」




