金の糸 26
女性はむくりと起き出すとまだ寝ている絢香と雷三をまたいで檻の外へ出た。女性の髪の毛に顔を撫でられ二人は目をさました。
女性は下水のところまで歩いて行くとしゃがみこみ滑る水を両手ですくい口をつけた。
雷三は立ち上がると女性の隣に行き、同じように水を口にした。しかしすぐに吐き出し、口許を腕で拭った。
「こんなもの飲めないよ!」
「飲まなきゃここでは生きていけないよ」
雷三は不思議そうに首をかしげた。
「なんでここで生きるの?逃げればいいだろ」
「逃げる?」
女性は腹を抱えて笑いだした。さもおかしそうに雷三の頭の先から爪先まで眺めまわした。
「どこへ行ってもあいつらがいるのに、どこへ逃げるって?」
「地球へ帰るんだ」
女性はぴたりと笑いやめた。
「あんたはまだ若い。歌だって歌える。へんなこと考えないで自分の檻に帰りな」
絢香は檻から出ると雷三の手を握った。雷三は絢香の手をしっかりと握り返した。
「俺たちはもう檻には戻らない」
「死にたいのかい?」
絢香は女性の目を見つめた。
「あなたの名前は?」
女性はゆるりと絢香の顔を見た。女性の目には光がなく、下水のようにどろりとしていた。
「名前なんか……、忘れたよ。呼んでくれる人なんかいなかったんだ」
「私は絢香。この子は雷三。私たちは帰るの、地球に」
「あなたはどうする?一緒に行く?」
雷三の問いに女性は首を振った。
「そんな恐いことはまっぴらだ。アタシはここが気に入ってるんだ」
雷三は絢香の手を引いた。
「行こう、絢香」
絢香はうなずく。
「泊めてくれてありがとう、おばさん」
女性はキッと絢香を睨む。
「失礼だね!アタシはおばさんなんかじゃ……」
女性は言葉を切ると自分の髪を握り臭いを嗅いだ。
「ああ、臭い。下水の臭いがするじゃないか。こんなじゃ、お姉さんだなんて言えないよ」
うつむき悲しそうな女性に絢香はかける言葉もなく、壁の穴から明るい外へ出た。




