金の糸 25
壁の穴から中に入った絢香と雷三は周囲をぐるりと見回した。
薄暗く狭く埃っぽい場所だった。生臭い臭いのする水がちょろちょろと流れていく中に、中洲のように乾いた地面があった。その上に金の檻がある。
絢香たちを手まねいた人物は檻の中へ入っていった。檻は傾いて金の糸があちらこちら抜け落ちていた。その人は長い髪をずるずると引きずり歩く。
「こっちに入ったら?」
呼ばれて二人はそっと歩き出した。ひどい臭いの水に足を踏み入れると、ぬるりと嫌な感触がした。滑りそうになりながら雷三に手を引かれて絢香はなんとか金の檻にたどり着いた。
「あんたたち、何日食べてない?」
その人は女性だった。初老に差し掛かっているらしく黒髪に白いものが混じっていた。声が掠れて聞き取りにくい。
「日本人?」
絢香が呟いた声に、女性はフンと鼻を鳴らした。
「やつらは日本人が好きなのさ。大人しいからね。で?あんたら何日食べてない?」
「昨日の朝は食べたよ」
雷三が答えると女性はまたフンと言った。
「なら食べ物はわけてやらないよ。飢えてないやつにはね」
そう言って女性はごろりと横になった。
「あなたはここで何をしてるの?ここで飼われてるの?」
「アタシは捨てられたのさ。喉をつぶしちまって歌えなくなったらポイさ。けどこの下水道に突っ込まれたおかげで、なんとか生きていける」
「下水道?ここは下水道なの?」
女性は絢香の言葉を無視して喋り続ける。
「ここにいれば水は飲める。たまに食べられるものも流れてくる。檻があるから凍死はしない。慣れれば天国さ」
絢香は足元を流れる下水を見た。どろりとしてとても口をつける気にはならない。
女性は話すだけ話し終ると絢香たちに背中を向けて寝息をたて始めた。
絢香と雷三は顔を見合わせ首をかしげた。
その夜は女性の檻に入って寝た。三人も入ると檻はぎゅうぎゅうだったが、おかげで暖かく、体から疲れが抜けていった。
壁の穴から明かりが射してきた。朝だ。




