金の糸 23
翌日は空が白っぽかった。晴れたのか、昨日よりも明るくなったように思える。けれど気温は相変わらず低かった。白い道は冷々と絢香達の足から体温を奪った。
「大丈夫、絢香?」
雷三はたびたび振り返っては絢香をいたわる。絢香は、にこりと笑い返す。おかげで気持ちは穏やかで晴れやかだ。けれど体は悲鳴をあげていた。
昨日の昼に食べたきり水さえも口にしていない。外は寒く、そのために体力の消耗が激しいような気がした。
いや、金の檻に囚われていた生活で絢香の気力も体力もなまってしまったのかも知れない。
雷三は弱音も吐かず歩き続ける。絢香は雷三の手から伝わる温もりを頼りについて歩いた。
道の先に、ポツリと何かが見えた。最初に見たときは道に小石が置かれているほどの小ささだったものが、近づくに連れてかなり大きなものだとわかった。
絢香がぴたりと足を止める。
「絢香、どうした?」
雷三の問いに絢香は首を振って黙ったまま、雷三の手を引っ張り、道を戻ろうと歩き出した。
「どこに行くんだよ、絢香」
「逃げなきゃ。異形だわ」
雷三は道の先、大きな影を見やる。
「大丈夫だよ。ちっとも動かないもん。動物じゃない」
「わからないじゃない!近づいて異形だったら!」
雷三は絢香をぎゅっと抱き締める。
「大丈夫。俺は絢香より目がいいんだ。あれは動物じゃない。俺にはちゃんと見えてる」
絢香は雷三の腕につかまって恐る恐る歩き出した。雷三は用心深くゆっくりと歩いた。
大きな影は雷三が言ったとおりピクリとも動かず、ただ立っていた。姿がしっかりと見えるほど近づくと、それは植物だとわかった。地球の広葉樹に似ていたが、幹も葉も灰色だった。
「大きな木だなあ」
見上げる雷三の身長の四倍はありそうだった。異形の大人よりずっと大きい。雷三はでこぼこした幹に取りつくと器用に登りだした。
「雷三?何するの?」
答えず雷三は、あっという間に木のてっぺんまで登り四方を見渡した。それから小枝を何本か折り取り口にくわえるとするすると下りてきた。
絢香に小枝を二本渡す。
「なに、これ?」
「葉っぱを噛むんだ。少しだけど水が出る。今噛んでみたけど、たぶん毒はない」
絢香は目を見はる。
「なんでそんなこと知ってるの、雷三」
雷三は木の根方に座り葉を噛み出した。絢香も隣に座る。
「俺の故郷は水があんまりないんだ。外で寝るときは草を噛む」
「外で寝るって?」
「動物の世話をするんだ」
「放牧?」
雷三は首をかしげる。
「その言葉知らない」
「えっと……。動物に草を食べさせるために遠くまで歩くの」
「それ。放牧の時」
絢香は雷三の浅黒い肌をまじまじと見た。出会ったときは泣きじゃくるだけの男の子だったのに、あっという間に絢香より大きくなってしまった。絢香よりずっと色んな事ができる。絢香よりずっと堂々としている。絢香は軽くため息をついた。
「どうした?」
雷三と目があった。絢香は俯いて話す。
「私は雷三より年上なのに雷三に頼りっぱなしで、情けないよね」
雷三は絢香の手を握る。
「俺は男だから、絢香を守るよ」
絢香は熱くなった頬をごまかすように葉を口に入れた。噛み締めると少し苦くて、少しすうっと胸に染みた。




