金の糸 21
異形の子供の散歩は三日に一度くらいのペースで続けられた。庭に出ることが多かったが、家の中を歩き回ることもあった。
ある日、子供は浴室らしき部屋に檻を運び、絢香と雷三を外へ出した。二人は保温力の高い黒い布を被っていたが、その部屋は暖かく湿度が高く、すぐに汗ばんだ。異形の子供は服を脱ぎ捨てると部屋の奥、湯が張ってある大きな浴槽のなかに入った。絢香は懐かしい風呂に興奮して子供のそばへ駆けていった。
子供は絢香を抱き上げ暖かい湯につけてくれた。絢香は身にまとっていた布を脱ぎ捨て頭から湯を浴びた。異形のサイズの浴槽に絢香の背では底に足がつかず立ち泳ぎで、あちらこちらと動き回った。
「うわ、熱い」
雷三の声に振り向くと、浴槽の縁にしゃがみこんで湯の中に手を浸していた。
「雷三は入らないの?」
「こんな熱い水に入ったら火傷するよ」
「雷三、熱い水は、お湯って言うのよ」
雷三はポカンと口を開け絢香を見つめた。絢香は一瞬、首をひねったが自分が裸だと気づき雷三に背を向けた。雷三も慌てて目をそらす。絢香はスイスイと泳ぎ異形の子供の影に隠れた。
それ以来、二人は仕切りがあるわけでもないのに離れて寝るようになった。日中もあまり話をせず、目をあわせることも減った。
異形の子供は庭でも絢香たちを檻の外へ出すようになった。読んでいる本を見せ、興味を示さなければ二人を放っておいてくれた。絢香と雷三はうろうろと庭を探検した。絢香が庭に立ち並ぶ石像を撫でていると雷三が後ろから声をかけた。
「絢香」
「な、なに、雷三」
絢香はぎこちなく振り向いた。
「逃げよう」
「え?」
雷三は絢香の手をとると異形の子供が見ていないことを確かめながら庭の塀の隅に歩いていった。草が生えて茂みのようになっている。その後ろに隠れている穴に雷三はごそごそと潜り込んだ。
「雷三、どこに行くの?」
雷三は振り返り不審げに眉根を寄せた。
「どこにって外だよ」
「外って……出てどうするの」
「宇宙に行くんだろ。帰るんだ」
絢香は雷三の腕を引っ張る。
「そんな……、簡単に言うけど」
雷三は絢香の手をそっと外した。
「逃げるなら今しかない。今ならあの子は気づかない。俺達が遠くに行くまで」
「でも」
「絢香は俺が守るから」
雷三は絢香の目をしっかりと見つめた。
「何があっても守るから」
絢香は口を引き結んで頷くと塀の穴の中にもぐった。最後に振り返ってみた庭の隅、金の糸は魅力的にきらきらと輝いていた。絢香は黒い布を体に巻き付け直した。それから思いを絶ちきるようにきつく目を瞑り、外の世界へ足を踏み出した。




