パトリシアの憂鬱
パトリシアの憂鬱
幸せな午睡から覚め、秋の爽やかな風に金木犀の香りをみとめ、パトリシアはうっとりと目を細めた。
パトリシアは自然を愛する。
太陽を、大地を、草花を、風や雨も。
パトリシア自身も、いつも自然でありたいと思っている。
朝日に起こされ、日の入りに休み、わずかな食事と気楽な散歩。
パトリシアが求めるのはたったそれだけ。
それだけなのに……。
「さ〜あ、パトリシアちゃ〜ん、お散歩にいきまちゅよ〜」
パトリシアは飼い主のために尻尾をふってやる。人間と良いコミュニケーションをとろうと思うパトリシアにしてみれば、多少のお愛想は苦ではない。
「今日はピンクのドレスをきまちょうね〜」
パトリシアはうんざりとため息をつく。自慢の毛並みを貧相な布で覆われることは、パトリシアのよしとするところではない。
「おリボンもつけまちょうね〜」
パトリシアは再びため息をつく。
耳のそばでリボンがかさかさと音をたて続けるのは、けっこうなストレスだ。
パトリシアの夢は、人間になること。
その夢は、服を着るためなんかではない。
人の言葉を話し、動物に服を着せないように説得したいからなのだ。
パトリシアは自然を愛する。
人間に変身する妄想を弄びはするが、本気でそんな不自然なことを望みはしない。ただ、
「さあ、パトリシアちゃん、でかけまちゅよ〜」
この不自然な飼い主にひとつだけ伝えたい言葉がある。
『あなたの化粧、分厚すぎるわ』
不自然な皮膚の上、不自然な粉類が堆積している。その臭いにパトリシアは三度ため息をついた。