金の糸 18
異形の子供が泣きつかれて寝てしまうと、雷三はそっと足音を忍ばせて戻ってきた。雷三の姿がテーブルの影に見えなくなる。
絢香は檻から飛び出し、テーブルの縁に手をつき、テーブルの下をのぞきこんだ。
「雷三!」
雷三は軽くジャンプしてテーブルに取りつくと、器用によじ登ってきた。絢香は雷三に駆け寄り、抱きしめた。
「雷三、危ないことしないで」
「大丈夫だよ。あの子は悪い子じゃないよ」
絢香は雷三を抱く手に力を込める。
「やつらのことなんかわかるわけないじゃない!私たちとは全然違う生き物なのよ!」
雷三は絢香の肩を掴むと、まっすぐに目を見つめた。
「あの子は笑う。あの子は泣く。歌が好きで、俺たちの面倒もよくみてくれる」
「でも……でも……」
「俺の故郷は歌が歌えるやつはみんな友達になる。歌えなくても歌が好きなら友達になる」
絢香はじっと耳を傾けた。雷三は力強く言った。
「あの子は、友達だ」
絢香は俯いて返事ができなかった。
それから、異形の子供は父親のいない時を見計らっては檻を持って庭に出た。最初はビクビクしていた絢香も次第に慣れていき、子供が檻を持ち上げるのを心待ちにするようになった。
子供は檻を石像の影に隠して、自分も別の石像の影に隠れて本を読み出すことが多かった。
「……絢香」
雷三が小声でささやく。絢香の腕を引き、庭の塀の一部を指差した。丈高い雑草に隠れてはいたが、そこには小さな穴が開いていた。
「外だわ!」
「しっ!気づかれてしまう」
二人は顔を寄せ、こっそりと話し合った。
翌日から絢香は歌うのをやめた。子供が悲しそうな顔をすると雷三が手振りで檻を開けるようにせがむ。子供は首をかしげながら金の糸を掻き分け、大きく開いた。雷三は檻から飛び出すと大声で歌い出した。歌い終わるとすぐに檻に戻る。子供は檻に手を入れ絢香に触れる。絢香は恐る恐る檻から出ると、異形の子供の目の前へ進み、歌い出した。
二人はそうやって、檻の外へ出た時だけ歌うようにした。数日もすると子供は日中、絢香たちを檻の外へ出しっぱなしにすることが増えた。
檻の外は寒い。
絢香と雷三は防寒用の黒い布を巻き付け寄り添いあった。
「ねえ。あの子、よっぽど本が好きなのね」
「ずっと読んでるな」
「どんなことが書いてあるのかしら」
「俺、見てくるよ」
雷三は軽快に駆けていって子供の手元に潜り込んだ。本を覗き、目を見はった。
「絢香!」
大声で絢香を手招く。異形の子供は驚いたようだが、雷三を邪険にはしていない。絢香はおっかなびっくり雷三の後を追った。




