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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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金の糸 13

ここ二、三日、珍しくシンデレラが水もエサもきちんとくれた。それどころか新しい布を何枚も檻の中に入れてくれた。絢香は積み重なった布の上でポンポンと跳ねてみた。ごろごろして朝食のクッキーを食べた。もちろん、シンデレラのいないところで。シンデレラは絢香が楽しそうにしているのが気に入らないらしく、絢香がビクビクと檻の隅にうずくまるまでいじめつづけた。

シンデレラはもうシンデレラではなく、意地悪なお姉さんになってしまった、と絢香は悲しく思った。



偉い人がやって来た。

どう偉いのか絢香にはわからなかったが、広間の一番立派な椅子に腰掛け、偉そうに胸を張っている男に、継母がペコペコしていたのだ。その隣ではシンデレラが歌っていた。キーキーと金属がきしむような声だったが、たしかにメロディーをおっていた。

シンデレラが歌い終わると、継母は絢香の檻を偉い人のすぐ近くに持っていき、軽く揺すった。絢香はいつも通り歌った。一曲歌い終わると、偉い人は満足げに頷いた。立ち上がり絢香の檻を受け取ると、偉い人は継母の家を出た。振り返るとシンデレラが絢香を睨み付けていた。彼女も継母の家から連れ出してほしかったのではないだろうか。偉い人が絢香ではなくシンデレラを選んでいたら、彼女が継母から逃げ出せたのではないだろうか。絢香はシンデレラに同情した。歌を覚えたシンデレラが、二度と殴られなければいいのだが。

そう思った。



偉い人の家は継母の家よりこじんまりとしていた。けれど塀や門扉があり、門番も立っていた。門番はなにやら銃に似た武器を持っている。

門の中には、庭園があった。植物はないけれど、石像や美しく光る巨石が上品な美を生み出していた。

偉い人は檻を地面に下ろすと、金の糸をかきわけ絢香に向かい口を開いた。


「  」


どうやら外へ出ろと言われているようだ。絢香は恐る恐る足を踏み出した。

檻の外はやはり寒く、絢香は体に黒い布を巻き付けた。ほかほかとして顔色のよくなった絢香を抱き上げ、偉い人は庭園を歩いた。


「  」


偉い人は石像の一つ一つの前で立ち止まり、なにか言葉を紡いだ。石像はどれも人間の姿を模していた。足元の土台には楔型の文字が刻まれていた。

お墓だろうか、遺業の記念碑だろうか。絢香にはどちらとも判断できなかった。

偉い人は絢香を抱いたまま建物に入った。

家の中も上品で、優雅な模様や装飾品で飾られていた。パステルカラーのそれらは白い建物によく合って、親しげに絢香を歓迎しているようだった。

いつの間にやって来ていたのか、絢香の檻を抱えた異形が偉い人の後をついてきていた。使用人にしては堂々としていて、かなり小さい。もしかしたら偉い人の子供なのかも知れなかった。


絢香が連れてこられた部屋に、子供がいた。

人間の子供だ。

頬を真っ赤に腫らして泣き叫んでいる。絢香は床に下ろされるとすぐに子供の元へ走っていって抱きしめた。


「大丈夫、大丈夫よ」


子供は絢香を見上げ、しゃくりあげながらも叫ぶのをやめた。どうやら日本人ではないらしい。


「こんにちは、はろー、にいはお、ぐーてんたーく」


絢香は挨拶してみる。けれど子供はぽかんと口を開けて見ているだけだ。十歳か、そのくらいの年格好だ。はろー、くらい知っていてくれてもいいのに。


「あんにょん、さわでぃかっぷ、なますて……」


結局、子供はどの挨拶にも反応しなかった。

黒髪に黒い瞳、浅黒い肌の少年。ほとんど裸で、裸足だった。肩を触ってみると、かなり冷えていた。絢香は自分の黒い布を少年に巻き付けてやった。少年は布を頭まですっぽりとかぶってしまった。

その様子を見ていた偉い人は絢香と少年をそっと抱き上げ、一つの檻にいれた。丈の高いテーブルに檻を乗せると、手近な椅子に腰を下ろし檻を眺めた。絢香は檻に入れられていた布に水を浸して少年の顔を拭いてやった。少年はじっと絢香を見つめた。


「私は絢香よ、絢香。あ・や・か」


自分の顔を指差し、繰り返す。


「……あ・や・か?」


少年がゆっくりと口を動かした。


「あやか?」


少年に名を呼ばれ、絢香は泣きだした。人に名前を呼んでもらえる喜びに泣いた。自分の名前が生きていた喜びに泣いた。今やっと、雷三の気持ちがわかった。


「絢香よ、私は絢香なの!」


絢香は少年を抱きしめ泣いた。




絢香は泣きつかれ、少年から手を離す。腫れた目を水で洗い喉を潤し、絢香は少し頬を赤らめた。自分よりずいぶん年下の子供に甘えてしまって恥ずかしかった。


「あの……ごめんね?」


少年に話しかけると、少年はにっこりと笑い、聞き取れない言葉で何かを喋った。


「ごめんね。君の言葉、わからないんだ」


絢香は、すっと腰を低くすると、少年の目線で語りかけた。


「あなたの名前は?名前、ねーむ」


少年の顔を指差し、繰り返したが、少年には意図がわからないらしかった。絢香はため息をついて立ち上がった。


「仕方ないか。しばらくは君のこと、雷三って呼ぶね」


少年はにっこりと絢香に笑いかけた。

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