金の糸 12
継母に檻を揺すられ、絢香は思い付くままに知っている歌を次々に歌った。その中で一番多く歌うのは「歌を忘れたカナリヤ」だった。できることなら、後ろの藪に捨てられたかった。歌を、思い出したくなどなかった。
「ねえ、雷三」
絢香は壁に向かって呼びかける。
「ねえ、雷三」
その時だけが、絢香が自分を人間だと思える瞬間だった。
どれだけの月日がたっただろう。短かった絢香の髪はすでに背中にかかっていた。絢香は髪を一つに編み、肩から前に垂らした。
劇場に連れてこられる人間の中に、そんなことをしているものはいない。そんなことをする気力のあるものはいない。皆、名前をなくしたカナリヤだった。機械的に歌わされるだけの毎日。故郷に帰れない絶望。何者にもなりたくない。自分自身でもいたくない。
ただのカナリヤになりたいのだ。
変わり種の絢香は劇場で一人で歌わされることが増えた。第九ばかりの繰り返しに飽きていたのだろう。異形たちは絢香の歌に味をしめたようだ。楽屋に集められる人々は、一人減り、二人減り、とうとう絢香一人になった。
絢香は歌う。カナリヤの歌を。
「雷三、今日ね、楽屋に異形の女がやって来たのよ」
絢香は壁に話しかける。
「ほら、見て。お花。異形の女がくれたのよ。この星にも花が咲くのね」
絢香は手にした黄色の花を、檻の外、壁に向かって投げた。雷三を弔おうとするように。
絢香は何度か宇宙船に乗せられて、違う星に連れていかれた。
異形たちが異星人ではないかとちらりとは考えていたが、実際に大きな乗り物の窓から宇宙空間を見たときの衝撃はすごかった。窓で区切られているのに、真空に放り出された気になって、呼吸が止まりそうになった。手が痛むほど強く金の糸にしがみついた。
絢香がパニックになっても、周りの異形たちは絢香を無視した。
何度も宇宙船で飛び立つたび、絢香は恐怖に震えた。
それでも幾度も絢香は別の星に連れていかれた。ある時は茶色の星へ、ある時は薄黄色い星へ。どこへ行っても絢香はカナリヤだった。檻の中で歌を歌い、餌をもらって命を繋ぐ。たったそれだけの日々。たったそれだけのカナリヤ。
継母の家で歌わされる時、シンデレラがそばに控えるようになった。時おり絢香の歌にあわせるように高い声を出す。シンデレラは歌っているつもりなのかもしれない。
シンデレラの声は日に日に大きくなり、彼女は自信に満ちあふれ、美しくなっていった。その頃からシンデレラの絢香に対する態度は変わった。水もエサも適当なタイミングで与えられ、丸二日何も口にできないこともあった。
ある日、絢香が鼻歌を歌っているところにシンデレラがやってきた。つかつかと絢香の檻に近づくと、檻を持ち上げガシャガシャと振った。絢香は振り落とされないよう金の糸にしがみついた。クッキーが頭に降りかかり、水の容器が脇腹に当たり絢香はうめいた。
思うさま檻を振り回したシンデレラはぐちゃぐちゃに汚れた絢香を満足げに見下ろすと部屋から出ていった。
「これじゃ、私がシンデレラじゃないの……。ねえ、雷三」
絢香は壁に語りかけた。




