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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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金の糸 11

舞台が終わると人々はまた一列に並び、楽屋へ戻った。痛みで動けない絢香を異形の男が抱きかかえ、絢香を檻に戻した。絢香が痛みに呻いていると、隣の檻の女が口を開いた。


「傷、水をかぶればいいわ」


絢香は床を這い、言われたとおりに背中に水をかけた。ズクズクと痛んでいた傷が、すうっと楽になった。

絢香はおずおずと女に話しかけた。


「あの、ありがとうございます」


女は気だるげにするばかりで絢香の言葉を無視した。


「あの、私、絢香って言います。あなたは?」


女はバカにしたような目で絢香を眺めた。


「名前なんて何の意味もない。すぐにわかるわ」


女はふいっと絢香から目をそらした。



しばらくすると絢香たちの檻は運び出され、それぞれに乗り物に乗せられ方々へ去っていった。絢香の檻は鞭をふるった男が運んだ。絢香はできるだけ檻の隅に寄り、男から距離をとった。男は何事もなかったように前を向いていた。人間を鞭打つことなどなんとも思っていないのだと気づくと、絢香は寒気を感じ自分の身をかき抱いた。


乗り物は継母の屋敷に戻った。男は絢香の檻を室内に運び込み、待ち受けていたシンデレラに手渡した。シンデレラは絢香がもといた部屋に檻を運び、中に生き物がいるのだなどということを気にもとめず、乱暴に檻を放り出すと無言で部屋から出ていった。

絢香は壁に向かってぺたりと座った。


「雷三……」


今はもう見えない真っ赤な血に向かって呼びかける。


「雷三……、私を呼んで。私の名前を」


絢香の目から涙がとめどなく流れた。



それからは週に一度ほど劇場に運ばれ第九を歌わされた。絢香は歌詞をよく知らなかったのでハミングしていた。鞭が飛んでくるのではないかとビクビクしていたが、歌ってさえいれば異形は満足するのだとわかった。

絢香は何度か楽屋で皆に話しかけてみたが、やはり皆、絢香の声を無視した。


継母の家では度々パーティーが開かれ、そのたびに絢香は檻ごと運び出され、異形の前で歌った。

絢香は鳥籠の中のカナリヤだった。

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