金の糸 11
舞台が終わると人々はまた一列に並び、楽屋へ戻った。痛みで動けない絢香を異形の男が抱きかかえ、絢香を檻に戻した。絢香が痛みに呻いていると、隣の檻の女が口を開いた。
「傷、水をかぶればいいわ」
絢香は床を這い、言われたとおりに背中に水をかけた。ズクズクと痛んでいた傷が、すうっと楽になった。
絢香はおずおずと女に話しかけた。
「あの、ありがとうございます」
女は気だるげにするばかりで絢香の言葉を無視した。
「あの、私、絢香って言います。あなたは?」
女はバカにしたような目で絢香を眺めた。
「名前なんて何の意味もない。すぐにわかるわ」
女はふいっと絢香から目をそらした。
しばらくすると絢香たちの檻は運び出され、それぞれに乗り物に乗せられ方々へ去っていった。絢香の檻は鞭をふるった男が運んだ。絢香はできるだけ檻の隅に寄り、男から距離をとった。男は何事もなかったように前を向いていた。人間を鞭打つことなどなんとも思っていないのだと気づくと、絢香は寒気を感じ自分の身をかき抱いた。
乗り物は継母の屋敷に戻った。男は絢香の檻を室内に運び込み、待ち受けていたシンデレラに手渡した。シンデレラは絢香がもといた部屋に檻を運び、中に生き物がいるのだなどということを気にもとめず、乱暴に檻を放り出すと無言で部屋から出ていった。
絢香は壁に向かってぺたりと座った。
「雷三……」
今はもう見えない真っ赤な血に向かって呼びかける。
「雷三……、私を呼んで。私の名前を」
絢香の目から涙がとめどなく流れた。
それからは週に一度ほど劇場に運ばれ第九を歌わされた。絢香は歌詞をよく知らなかったのでハミングしていた。鞭が飛んでくるのではないかとビクビクしていたが、歌ってさえいれば異形は満足するのだとわかった。
絢香は何度か楽屋で皆に話しかけてみたが、やはり皆、絢香の声を無視した。
継母の家では度々パーティーが開かれ、そのたびに絢香は檻ごと運び出され、異形の前で歌った。
絢香は鳥籠の中のカナリヤだった。




