金の糸 10
人間はたくさんいるのに、彼らは皆、互いに無関心で、誰もが無気力に床に座り込んでいる。
絢香は檻の中をうろうろして人間たちを見て歩いた。久々に見る人間に、話ができなくとも絢香の心は沸き立った。
絢香たちがいる小さな部屋は時間によって明かりが変わることはなかった。ずっと昼程度の明るさだった。絢香の腹時計で夜になったと思える頃、あの異形の男がやってきて、人々を次々に檻から出した。絢香は目を丸くした。ここではこんなに易々と檻から出られる。
人々は自由になったというのに相変わらず無気力で逃げようなどとは微塵もしない。大人しく一列に並ぶ。男は最後に絢香を檻から出すと、絢香だけは胸に抱き、部屋の扉を開けた。皆はぞろぞろと歩き、出口とは反対の方へ歩き出す。男は列の最後尾について歩いた。
扉を二つ過ぎて、いやに眩しく、いやに広い部屋に入った。人々は一列に並んだまま、部屋の中央に立つと、部屋の一方にある分厚い布の方に体を向けた。異形の男は絢香を列の端に立たせると、人々の前に進み出た。
分厚い布がするすると上がっていく。
布の向こうにはたくさんの異形が座っていた。雛壇状になった暗い座席、人間が立つ明るすぎるこの場所。異形たちに向かいお辞儀する異形の男。
ここは劇場だ。
絢香が気づいた頃、人々は口を開き、一斉に歌い始めた。第九。年末によく耳にするその歌を、絢香も知っていた。人々はそれぞれに違う言語で、けれど同じメロディーを歌いつづけた。
絢香がぼうっと突っ立っていると異形の男は絢香の肩を突っついた。絢香はやはりぼうっと男を見上げた。男は手にした鞭のようなもので絢香の背中を殴った。
「きゃあ!」
あまりの痛みに絢香は肩を押さえ倒れた。男は二度、三度と鞭をふるいつづけた。絢香は声も出せずにうずくまった。
「ハレルヤ ハレルヤ」
人々の歌声が傷に染みるようだった。




