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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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新宿

新宿

「なんじゃ、こりゃあああああ!!!!」


 歩道橋の上で、私は絶叫した。となりにいる千佳がケタケタと笑い出す。


「ありえん、ありえんよ、何アレ!?何、あの、高さ!?


 摩天楼?これが摩天楼!?スカイスクレイパー!?」


 叫び続ける私と、腹を抱えて笑い続ける千佳を、道行く人は気にもとめず、これまた、ありえん早足で歩き去る。


 東京の大学に進学した千佳に誘われ、初めての東京見物。


「なにが見たい?」と問われ、私は一も二もなく「高層ビル!!」と答えた。


 大人っぽい化粧をしてすっかり綺麗になった千佳が連れてきてくれたのは新宿。生まれて初めて見る高層ビルに、私は度肝を抜かれた。


 しばらく二人でギャアギャアと騒ぎ続けたが、私たち二人を見る人はほとんどいない。みんな、ただ早足で通り過ぎていく。


 田舎からでてきたおのぼりさんなんて見慣れてしまって、道端の石ころくらいにしか感じないんだろうか。なんだか、自分も千佳もここにいない人としてスルーされてるようだ。


 私は、ほんとは、いま、ここにいないんだろうか?


 ふと、詩の一説を思い出した。


「東京には空がない。と、千恵子は言った」


 遠くにあるビルを見上げる。空がかくれるほど大きくはない。ただ、まだずいぶん距離が離れているのに、あまりの巨大さに遠近感が狂い、頭の上に覆いかぶさってくるように感じる。


 空は見えているのに、たしかに見えているのに、狭苦しく、息苦しく感じる。


 私の存在なんか、あっという間に踏み潰されそうだ。道行く人たちも、この息苦しさを感じているんだろうか?だから、できるだけ早足で、ビルにつぶされないようにどこかへ逃げているんだろうか?


「展望台があるんだよ、のぼろうか?」


 千佳がニコニコと聞いてくる。


「ううん、やめとく」


「えー。どうして、せっかく来たのに」


「うん、でも、なんか、なんだか…」


 一度、のぼってしまったら、あの高いところから見下ろしてしまったら。


 地面に下りた私は、今の私とは違う存在になってしまう気がする…。


 なににも関心をもたず、ただ早足で何かから逃げる人になる気がする…。


「私、空が見たい」


 唐突に言う私を、ぽかんと見ていた千佳が、またケタケタと笑う。


「了解。わかる、その気持ち。私も時々、実家に帰って、高層ビルのない空見たくなるもん」


 私はビックリして千佳を見る。もうすっかり東京に馴染んだんだと思ったのに。


「じゃ、いこ。とっておきのスポットがあるんだ。東京にも田舎はあるんだぜい」


 そう言うと、千佳はぶらりぶらりと駅に向かって歩き出す。


智恵子さん。


ああ、智恵子さん。


きっと、あなたも、東京で広い空をみつけたでしょうね。


「おーい、どうした、おいてくぞ」


 ぼんやりしてる間に、ずいぶん千佳は遠くにいた。


 私はもう一度、高層ビルを振りかえる。もう、ビルはただのビルとして、そこにあった。


「待ってー、おいてかれたら迷子になるー」


 私は千佳のところに走っていった。

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