金の糸 9
その場で絢香は声が枯れるまで歌わされつづけた。一曲歌い終わると継母が檻を揺するので歌わざるを得なかったのだ。今まで度々檻を揺すられていたのは「歌え」という意味だったのだと絢香はやっと気づいた。
継母が檻を揺すっても絢香が歌えなくなると、パーティーはお開きになったようで、異形たちはぞろぞろと部屋から出ていった。
ただ一人、絢香の味方をしてくれた男が残り継母と何かを交渉していた。最初は不満顔で首を横にふっていた継母は、男が説得していくうちに徐徐に表情を変え、しまいにはニンマリと嫌な笑いを浮かべ頷いた。男は爽やかな笑顔を見せ、絢香に何事かを語りかけると部屋から出ていった。絢香は味方がいなくなり、また檻の隅にうずくまった。
久々によく寝た翌日、絢香はいつまでも布を被ってごろごろしていた。昨夜、甘露を飲むと痛んでいた喉はたちまち癒えた。今日も歌いさえすれば継母はきっと満足するはず。絢香はほくそ笑んだ。雷三だって大人しく歌ってさえいれば、生きていられたのだ。そう思い、けれど絢香は雷三の言葉を思い出した。
「一生ペットで過ごして平気なのか?奴らのご機嫌をうかがって媚びへつらって生きたいのか?」
「だって雷三、そうするしかないじゃない。そうしないと、死んじゃうんじゃない……」
絢香はうつむき、涙を浮かべた。
昼が過ぎた頃、絢香の味方をしてくれた男がやってきた。もしかしたらこの人が買い取ってくれたのだろうか。継母から逃れられるのだろうか。絢香は期待して、男のそばに駆け寄った。
「 」
男は不思議と不快感のない声で絢香に語りかけると檻を持ち上げた。絢香は喜びにうち震えた。
男は檻を抱え部屋を出た。そこに継母がいて、男は継母に挨拶をすると建物から外へ出た。
なにもかもが白く、のっぺりとした地平。あちらこちらにポツポツと建物が見える。どの建物も継母の家の半分以下、いや、もっと小さい。やはり継母はお金持ちだったんだ。絢香がそんなことを考えていると、男は停まっている乗り物に乗り込み、檻をシートにそっと置いた。
その乗り物は馬がいない馬車のようで、車輪もついていなかった。乗り物はふわりと浮き上がると音もなく滑るように走り出した。絢香は窓から外を眺めた。
道を歩く人々は痩せてみすぼらしい布を体に巻き付けていた。それは継母の家のどんな使用人よりもはるかに汚ならしかった。建物もヒビが入っていたり屋根が欠けていたりした。貧富の差は歴然としていた。
しばらくすると乗り物は、すっと止まった。男が檻を抱えて下りる。
巨大な建物だった。
継母の家よりずっと大きく、ずっと華麗だった。壁には幾何学模様が浮き彫りにされ、入り口は金に輝いていた。
男はその入り口には入らず建物の側面に周り、飾りのない質素な扉を潜った。長い廊下を歩いた先にまた小さな扉があった。その部屋に入ると、絢香は、あっ、と叫び声をあげた。
そこにはたくさんの檻が並び、中には人間が入っていた。白人、黒人、黄色人種。さまざまな肌色の、さまざまな髪色の、さまざまな目の色の。しかし、たしかに皆、人間だった。
「こんにちは!はろー、にいはお、ぐーてんたーく!……」
絢香は知る限りのさまざまな言語で挨拶してみた。けれどどの人からも返事はかえってこなかった。どの檻に入っている人も無気力に座り込んでいた。女たちは床につくほど長い髪、男たちはそれに加えて延び放題の髭。いったい何年、檻の中に囚われているのだろう。
絢香は口をつぐむと金の糸にすがりついて呆然とした。
異形の男は絢香の檻を黒髪の女の檻の横に並べた。その女は日本人のように見えた。絢香は恐る恐る話しかけた。
「あの……、日本語、わかりますか?」
女は気だるげに絢香の方へ首を回すと、口を開いた。
「わかるわよ」
絢香は目を輝かせた。
「良かった!ここはどこですか?この人たちはなに?」
女は目をそらして、無感動な声で答えた。
「じきにわかるわ」
絢香はそれ以上話しかけることができなくなってしまった。




