金の糸 8
継母は三日に一度ほどやってきては絢香の檻を揺する。
その時に一緒に、雷三を殺した男がついてくることもあり、シンデレラがついてくることもあった。
どうやら継母はこの家の女主人で、あとの二人は使用人のようだった。
観察していると、異形の者たちは人間とよく似た行動をすることがわかった。
怒ったら手を振り上げ弱いものを殴り付ける。
痛む頬を押さえ、人に見えない場所で泣く。
シンデレラはしょっちゅう体のあちらこちらにアザを作り、絢香の檻のそばですすり泣いた。継母に言いたいことなど言えないのだろう。それは本当に童話のシンデレラのような不遇さだった。
キシキシと紙が擦れるような不快な声に最初は迷惑していた絢香も、次第に同情するようになっていた。
「だいじょうぶ?」
絢香が話しかけるとシンデレラは驚いて顔をあげた。左の頬が腫れ上がり、口が曲がっていた。
「うわあ、ひどい……。継母がやったのね」
シンデレラはぽかんとして絢香の声を聞いていたが、慌てて立ち上がると部屋から駆け出していった。しばらくするとシンデレラに連れられて継母と、雷三を殺した男がやってきた。
絢香は緊張して檻のすみにうずくまった。
シンデレラは何事かを継母に訴え、継母はそれを鼻で笑った。
シンデレラは絢香の檻に近づくと、キシキシと何かを一生懸命話し出した。けれど絢香はシンデレラのことに注意を向けることができなかった。雷三を殺した男が目の前にいる。
檻のすみに逃げ、身を固くして金の糸にすがりついた。
継母たちはしばらく絢香を眺めていたが、飽きたようでシンデレラに嘲りの視線を向けて部屋を出ていった。
絢香はほっと胸を撫で下ろした。シンデレラは悲しそうに絢香を見ていた。
翌日、シンデレラがやってきたかと思うと絢香の檻を抱えあげ、部屋の外に運び出した。
「いやだ、シンデレラ、私行きたくない……」
絢香の呟きに、シンデレラはやはり悲しげな視線を返した。
部屋を出てから三つの扉をくぐり、廊下をくねくねといくつも曲がった。継母の家はかなりのお屋敷のようだった。壁にはピカピカ光る装飾品のようなものが掲げられ、足元はふわふわの絨毯のようだった。
雷三は継母がペットとして人間を飼っていると言っていた。それならば、逆らいさえしなければ殺されることはないのではないか?雷三は暴れすぎた。自業自得なのではないか?
一生懸命そう思おうとしたけれど、壁際に落ちた雷三のぐったりした体、壁に残った真っ赤な血が絢香の胸に鋭い痛みと恐怖を沸き起こさせつづけた。
シンデレラが一際立派な扉を開けた。そこは広々とした豪奢な空間で壁の装飾に加え、色とりどりの植物も華やかだった。
そこに異形の男女がたくさんいて、どうやら立食パーティーが行われているようだった。広間に集まっているのは客だろうか。派手な色柄の布を体に巻き付けている。
シンデレラは部屋の中央にあるテーブルに絢香の檻を置くと静かに部屋を出ていった。
絢香は辺りを見回した。周囲の異形たちは絢香のことを好奇の目で見下ろしていた。その視線が刺さるようで、絢香は身をすくめた。
ざわり、と人垣が割れ、継母がやってきた。岩が転がり落ちたかと思うような大声で周囲の異形に何事かを宣言した。
それから絢香の檻に近づくと、ぐいっと金の糸を引き、大きく開けたところから手を突っ込んだ。
ぐいぐいと近づく大きな手に、絢香は叫んだ。
「いやー!!殺さないで!」
周囲の異形から感嘆の声が上がったが、絢香はそんなことにも気づかず叫び続ける。
継母は絢香の腕をとりぐいぐいと引いた。
「いや!やめて!ゆるして!」
絢香は泣きじゃくりながら、足を踏ん張り抵抗を続けた。継母はもう片手も檻に突っ込むと、両手で絢香の体を掴み、檻から引きずり出した。
「いやあ!」
泣き叫ぶ絢香を継母は満足げに見下ろし、猫を持つかのようにぶらりとぶら下げ、周囲の異形のすぐ近くに歩み寄る。
「いや……、いや……」
絢香はただ繰り返し、すすり泣き続けた。
継母は室内の粗方の異形たちに絢香を見せ終わると檻の中に絢香を放り込んだ。
継母は絢香の檻を揺すり、絢香は叫んだ。
重々しい声がして、継母はぴたりと動きを止めた。一人の異形の男が檻に歩みよった。
継母は男のために道を開けた。男は檻に顔を近づけると目をほそめ絢香に語りかけた。その声は今まで聞いた異形の声とは似つかず、深く響いた。絢香はしゃくりあげながら男の声を聞いた。
男の低い声は絢香を落ち着かせた。
「あなたは私の味方なの……?」
絢香の声に、異形たちから驚きの声が上がる。
男は手を上げて周囲のキーキーという不快な声を止めると、歌いだした。旋律は平坦でリズムは不安定だったが、それはたしかに歌だった。
男が歌い終わると異形たちは口々に誉めそやした。絢香はあまりの騒音に耳をふさいだ。
男は再び手を上げて声を抑えさせると、絢香に向けて手をさしのべた。
「私も……、歌うの?」
男は優しげで、絢香に好感を抱いているように感じられた。絢香は恐る恐る歌いだした。
ざわめきが止まり、静寂のなか、絢香の歌声は部屋中に響いた。
並み居る異形たちは、うっとりとその声に耳を傾けていた。




