金の糸 7
絢香は最後の一枚になった布を頭からすっぽりとかぶり、震えていた。檻の中には他に身を隠せるものなど一つもなかった。
雷三の遺体が運び出されたあと、見知らぬ異形の女がやってきて壁と床についた真っ赤な血を拭き取り、雷三の檻を持って行ってしまった。
雷三がいた痕跡は何もなくなってしまった。絢香がただ震えているうちに、なにもかもなくなった。
絢香は自分のすべてまで消されてしまうのではないかと恐れ、震え続けた。
雷三は死んだ。害虫のようにあっけなく。絢香の耳に雷三が叫んだ言葉がこだまする。「絢香、来い!外へ出るんだ!」何度も何度も耳の中に繰り返す。絢香はあの時、雷三を見捨てたのだ。怯え、震えるだけで、絢香は雷三を殺した。
部屋が暗くなり、また明るくなっても絢香は布から顔を出さなかった。扉が開き足音がして、檻が開けられた。絢香は床を這い檻の隅に逃げた。布の隙間から覗いてみると、血を掃除した女が檻に手を入れ、水とエサを代えていた。絢香は腰が抜け、その場にうずくまった。
それから三昼夜、絢香は身動きもせずうずくまり続けた。毎朝、水とエサは取りかえられたが、口をつける気にはなれなかった。それを口にしたら、雷三と同じ運命が待っている気がして。
それからまた三昼夜たち、絢香は朦朧として力なく床に転がっていた。口の中は渇いてカサカサで、唾液も出ない。
扉が開き、小さい女が入ってきた。檻に手をかけ軽く揺する。絢香は身動きもできず、なにも考えられずぼんやりしていた。
小さい女は檻の中に手を突っ込むと水の容器をとり、絢香に水をぶっかけた。絢香はびっくりして身を起こした。
女は甲高い声で何事かをわめいた。そばに控えていた男が檻の中の水を拭き取る。絢香は何が起きたかわからず、ただぽかんとしていた。
檻の中がきれいになると男は女のあとに続いて部屋を出ていった。
絢香は髪の先から垂れる滴を舌で舐めとる。甘露のようなこの水は、たった一滴で絢香の乾きを癒した。絢香は泣きながらエサに飛びかかり、むさぼり食った。水を頭からかぶりすすり飲んだ。
どれだけ食べて飲んでも、絢香の胸は満たされなかった。
絢香は毎朝やってくる異形の女に、シンデレラという名前をつけた。下働きをして足が小さい彼女にぴったりだと思ったのだ。
シンデレラは絢香の檻に新しい布を何枚か入れてくれた。
水の容器を二つに分けて、飲料用と洗顔用に使えるようにしてくれた。床に直に置かれていたエサをお皿に入れてくれた。
そして、絢香に話しかけてくれた。
それは嫌な軋んだような声だったが、絢香の耳に、なぜか心地よかった。
小さい女は度々部屋にやってきては檻を揺する。絢香は振り回されないように金の糸にしがみついて耐える。しばらく檻を揺すり続けると、女はなにがしか甲高い叫びを残し去っていく。
近くにシンデレラがいると、彼女を怒鳴り付ける。
絢香は小さい女を継母と呼ぶことに決めた。




