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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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金の糸 6

部屋が明るくなると雷三が大きく伸びをして立ち上がった。


「あー。ひさしぶりによく寝た。あんたの檻は居心地いいな」


絢香は膝を抱えて座ったまま、ぼんやりと雷三を眺めた。雷三は絢香の視線から目をそらすと、エサに近より胡座をかいて食べ始めた。


「お嬢ちゃんも食べておいた方がいい。次にいつ食べられるかわからんぞ」


雷三は絢香の方を振り向くと言葉を継いだ。


「それとも、ここに残るか?」


絢香はのろのろと立ち上がると雷三から距離をとりエサに手を伸ばした。雷三は絢香にニコリと笑って見せた。


「大丈夫、うまくいくさ。人間の世界に帰ろうぜ」


人間の世界。絢香はその言葉に、恐怖が沸き起こるのを感じた。今まで異形の生き物を見ても現実感がなく、遊園地のアトラクションにでも迷いこんだかのように感じていたのだ。

けれど、ここは人間の世界ではない。大きな異形の生き物が闊歩し、人間は檻の中に囚われる奇妙な世界。絢香の味方は誰もいない……。

いや。

絢香は雷三を見つめる。


「大丈夫だ。外へ出ような」


雷三は、力強く絢香に笑いかける。絢香はのろのろと立ち上がると雷三のそばまで歩き、エサを食べ始めた。雷三は絢香の頭にぽんと手をおいた。


昼近くになって、異形の男が部屋に入ってきた。手に水の容器を持っている。雷三はふらふらと男に近づいた。異形の男は雷三を気にも留めず無造作に檻を開け、手を突っ込んできた。

雷三は男の手首に飛びかかると大口を開け噛みついた。

男は高い不興な声で叫んだ。絢香は耳をふさいでうずくまる。


「絢香!」


叫んだ雷三の口元は緑の液体にまみれていた。異形の血だった。雷三はべっと肉塊を吐き出すと檻の隙間から外に出て絢香に向かって手を伸ばした。


「絢香、来い!外へ出るんだ!」


絢香はがくがくと震え、立ち上がることができない。


「絢香!」


雷三の後ろに異形の男が立った。緑の血を流す腕を押さえながら、雷三を睨み付ける。絢香は驚いて両手で口をふさいだ。雷三が振り返った時には、男はすでに雷三に手を伸ばしていた。

男は雷三を掴みあげると、思いきり壁に叩きつけた。ずるり、と雷三の体が壁に沿って床に落ちる。赤い線が壁に引かれる。どさりと床に落ちた雷三の顔は血まみれで、全身がぴくぴくと痙攣していた。


「きやあああ!」


絢香の叫びにも雷三は反応せず、次第に痙攣は収まっていった。

異形の男は腕を押さえて部屋を出ていった。

絢香は金の糸にすがり付いて叫んだ。


「雷三!雷三!うそでしょう?ねえ、雷三!」


絢香の叫びに答えはなく、雷三の口や鼻からは真っ赤な血が滔々と流れ続けた。

絢香には泣きじゃくることしかできなかった。


しばらくすると先程の男と小さい女が部屋に入ってきた。女は壁際に倒れふした雷三の姿を確認すると、腕から緑の血を流している男の顔を殴った。それから何かを叫ぶと部屋を出ていった。

男は雷三の遺体を拾い上げ、部屋の外へと運び出した。


「雷三……雷三……」


絢香は消え入りそうな声で呟き続けた。

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