金の糸 4
絢香は檻のなか、膝を抱えてぼんやりしていた。お腹はすいていないし、喉も渇いていない。暖かだし服もきれいだ。
ごろりと寝転がる。
見上げると金の糸が収束する一点にエリーが結んでいった赤い紐が揺れている。それになんの意味があるのかは知らないが、エリーは嬉しそうに笑っていた。
扉が開いた。
「エリー……」
エリー以外にもう一人、小さな女が入ってきた。
「エリー……?」
エリーは寂しそうに微笑むと、金の檻を取り上げ、小さな人に手渡した。小さな人は檻を抱き抱えると部屋を出る。エリーは次の部屋の扉を開けた。
見渡す限りの白い平原だった。
寒々とした地面には植物も動物もいない。空は灰色で、どこからとも知れない明かりがぼんやりとした影を生み出していた。
小さな人は扉の近くにあった乗り物に檻を積み、自分も乗り込んだ。絢香は今出てきた扉を振り返る。
「エリー?」
エリーは扉の内側で寂しそうに佇んでいた。乗り物は音も振動もなく動き出した。
「エリー!エリー!」
絢香の叫びは閉まった扉に遮られた。
絢香がしゃくりあげながら泣いていると小さな人が檻の中に手を差し込んできた。絢香は触れられたくなくて飛び上がって逃げた。小さな人は少し顎をあげ半眼になって絢香を見下ろした。目覚めてから今まで見たことのない意地悪な表情に、絢香は怯えた。
乗り物が停まったのは巨大な白い建物の前だった。小さな人が乗り物を下りると、建物の中からたくさんの人が出てきて出迎えた。小さな人はそのままスタスタと歩き去り、絢香は取り残された。
金の檻は大勢いた人たちの一人が持ち上げ建物の中に運んだ。自動で開閉する扉をいくつもくぐり、一つの部屋に入っていった。
そこには絢香が入っているのと似た檻が置いてある。ただ、その檻は埃をかぶり薄汚れていた。
「あ!」
その檻のなか、人がうずくまっていた。
「ここはどこ!?なんでこんなところにいるの!?」
その人はむくりと半身を起こした。髭は延び放題、垢じみて痩せ細った体にボロ布をまとわりつかせている。
絢香の檻はその人の檻にピタリとくっつけて置かれた。絢香は駆け寄り檻の向こうへ手を伸ばす。
「ねえ!聞こえないの!?」
「聞こえてるよ」
ボサボサ頭をボリボリ掻きながら、その人は立ち上がり絢香のそばにやって来た。
「ようこそ、俺の花嫁さん」
「花嫁?」
絢香はぽかんと口を開ける。
「俺たちはつがいにさせられたのさ」
「ねえ、待って。なんの話?」
男はまたボリボリと頭を掻く。ふけが散る。
「お嬢ちゃん、自分が置かれた状況が分かっていないのか?」
絢香はこくんと頷く。
「俺たちは奴らの愛玩動物なんだよ」
「愛玩動物……?」
「ペットさ。お嬢ちゃん、大人しくしてたんだな。ずいぶん可愛がられて。なあ、そこの食べ物くれよ」
絢香は呆然として動けない。
「なあ!って。腹減ってるんだ」
大声にハッとして絢香はクッキーを男に手渡す。男は受けとるとむさぼり食った。
「ねえ、ここはどこなの?」
「雷三」
「え?」
「俺の名前だ。雷三って呼んでくれ。人から名前を呼ばれなくなってかなり長いんだ」
「雷三……さん」
「さん、はいらない」
「雷三」
雷三の髭の間からにこりと笑う口元が見えた。
「お嬢ちゃんの名前は?」
「絢香」
「絢香。質問に答えたいが、俺にも何もわからない。わかったのは奴らに反抗したらエサも水もまともに貰えないってこった」
「エサ……」
「俺は、捕まって二年くらいになる。その間、生きていけるギリギリの食料しか与えられなかった」
「捕まって?雷三、ここへ来たときのこと覚えてるの?」
「金の糸を見なかったか?」
「見たわ」
「それを手にしたら糸が体に巻き付いて繭のようになって宙に浮いた。そして気づいたら檻の中だ」
と、部屋の扉が開き、小さな女が入ってきた。分厚い手袋をはめ、雷三の檻に近づく。雷三は鋭い目で女を睨みながら後退する。女が檻に隙間を開け雷三に手を伸ばす。雷三は女の手をすり抜け隙間に飛び込む。女は素早く雷三の足を捕まえた。
雷三は身をよじり女の手に噛みついたり殴ったりしているが、分厚い手袋に守られ、女は平然としていた。
絢香の檻の中に雷三を放り込むと女は部屋から出ていった。




