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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
232/888

金の糸 2

目を醒ましてから三日がたった。

三日、と言っても絢香が囚われている檻のある部屋が定期的に暗くなったり明るくなったりする数を数えていただけだ。もしかしたら1ターンが二十七時間かも知れないが、今のところ絢香は日にちに違和感は感じないし、睡眠サイクルも崩れていないように感じられた。


絢香を檻に入れた彼女は朝と言わず昼と言わず夜と言わず。気づけばそこに座っていた。優しい目で絢香を見つめていた。


「おはよう」


絢香が話しかけると彼女はにこりと微笑んだ。金の糸が揺れるような微笑み。絢香は心の奥深いところまで満たされるのを感じた。


部屋が明るくなって絢香は目を醒ます。時計はないが、明かりが時間を教えてくれる。

起き出すと絢香は甘露のような水で顔を洗う。一度、この水を全身に浴びてみた。生まれ変わって赤ん坊の肌を取り戻したようにすべらかな肌になった。


排泄は檻の隅のダストシュートのようなものにする。

それがなにか知らなかった絢香は一度、失禁し、その時に彼女に手振りでその場所を教えられた。

彼女は絢香の失禁のあとを柔らかな布できれいに清めて、絢香に優しく微笑みかけた。恥ずかしさに、絢香は丸一日、布を被って閉じ籠った。彼女は無理に絢香を引きずり出したりはしなかった。


絢香は甘露ばかりを口にしていたが、彼女が指差すので、皿に乗ったクッキーのようなものも口に入れてみた。それは微かに苦く、しかし滋味溢れていた。さくさくとした噛みごたえも絶品で絢香は夢中になって食べた。


「彼女」。


絢香は彼女に名前をつけた。


「エリー」


呼ぶと彼女は嬉しそうに笑う。

エリー、というのは絢香が小さい頃一緒に育ったアフガンハウンドの名前だ。一緒にお昼寝していると長くてサラサラの毛並みがいつも絢香を包んでくれた。

絢香より半年早く産まれたエリーは絢香のことを妹のように、我が子のように愛してくれた。


「エリー」


絢香は語りかける。エリーは微笑む。


「エリー」


絢香はエリーに向かって手をさしのべた。その豊かなたてがみに触れてみたかった。

エリーは手を伸ばし、絢香の小さな手をそっと撫でた。壊れ物を扱うように、そっと。金の糸を掻き分け、絢香を抱き上げる。

猫みたいだな、絢香は思う。エリーに抱かれた絢香はまるで猫みたいだな。絢香はエリーの暖かな胸に頬を擦り寄せてみた。


「 」


エリーが口を開き、絢香は耳をふさいだ。

エリーは悲しそうに絢香を見つめる。


「ごめん、ごめんね、エリー。突然だったからびっくりしたの。もう一度お話しして? ね?」


絢香の声にエリーは嬉しそうな笑顔を浮かべるだけで、口を開くことはなかった。


それから毎日、エリーは絢香を檻から出しては抱きしめた。絢香は室内の寒さから逃げようとエリーの胸に体を埋める。

ある日、エリーは絢香の体に真っ黒な布を巻き付けた。それはクリームのように柔らかく、日だまりのように暖かだった。


「ありがとう、エリー」


エリーはにっこり笑うと絢香を床に下ろした。絢香は室内を探検することにした。

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