黒髪のしずく
黒髪のしずく
もう何度目か数えるのも飽きた。待ち合わせたコンビニで雑誌を眺めながら、茜は虚脱感を感じていた。
あの人を亡くしてから、恋を忘れた。けれど人肌恋しくて行きずりの男を求めた。
出会い系は便利だ。一晩だけの相手など掃いて捨てるほど見つかる。
名前も知らない相手と肌を合わせることに最初は背徳感を覚えた。それはあの人への想いを汚す行為のように思えたから。
けれど日をおうごとに背徳感は苛立ちへと変わった。あの人への小さな怒り。自分を連れていってくれなかったことへの恨み。それを晴らすために男と会い続けた。
「あなたですか?」
後ろから声をかけられ振り替える。どこにでもいるような男。中肉中背、特徴のない顔、ただ一つ、額が後退しかけているのが、なんだかおかしく、茜はふと笑って頷いた。
「行きましょうか」
男の車はきれいに掃除が行き届いていて、座り心地がよかった。無言のままホテルへ行き、無言のままことを終えた。
シャワーを浴びようと浴室へ向かうと男もついてきた。
「シャンプーさせてください。女の人の髪を洗うのが好きなんです」
変な趣味。茜はまた笑う。男にシャワーをあててもらう。シャンプーの泡が優しく髪を包む。男の指が頭を撫でてくれるように動く。
涙が溢れた。あの人に頭を撫でてもらった時のことを思い出して。茜は静かに泣いた。
男はドライヤーもかけてくれた。そのころには茜の涙も乾いていた。
男と茜は無言で別れた。ただ、いつもと違ったのは男が名刺をくれたこと。
「あなたの髪は素晴らしい。また洗わせてください」
出会い系で出会った男とは二度とは会わないと決めていた。
「シャンプーだけでいいんです」
茜は名刺を受け取った。名刺には美容室の店名と男の名前が書いてあった。くすくすと笑いが止まらない。きっと私はこの美容室に行ってしまうだろう。そうしてあの人をゆるせるときがくるだろう。
茜は星空を見上げて、また少し笑った。




