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文豪の独り言
文豪の独り言
「吾輩は千円札である。仲間はまだない。
吾輩の棲みかである財布の持ち主は健太である。初めての財布を買ってもらい、記念に、と吾輩が父親の手から健太の財布に移ってきたのである。
健太の小遣いは月に三百円だった。小学三年生にしては少ないらしいのだが、健太の母親が厳しく躾るためそのようにしていた。
小遣いを貰った健太は、その日のうちにコンビニに走り、駄菓子を買った。三百円分の菓子を一日で平らげ、その後の一月を後悔と共に過ごした。
そんなこんなで貯金ということを知らぬ健太のおかげで吾輩には仲間ができぬ。
だが、健太はどんなに菓子を食べたくとも吾輩を財布から出すことはない。
「このお金は、困ったときに使うんだよ」
父親の言葉を忠実に守る健太のことを吾輩は嫌いではない。
しかし、吾輩が健太の財布に移ってから10年。
いくらなんでもそろそろ仲間がほしいこの頃である。」
独り言を言い続ける文豪は、世の中に流布しているのが野口英世だということをまだ知らない。




