飛行機雲
飛行機雲
旧校舎の屋上への扉の前。
そこが大樹の唯一の居場所だった。学校についたら一番にここに来る。
授業が始まる直前まで階段にうずくまり、授業が終わったらまたここに逃げてくる。
クラスは大樹にとって地獄だった。
大樹の机と椅子は下品な言葉が余すところなく書きなぐられ、通学鞄は切り裂かれ、教科書は燃やされた。授業以外の時間に教室にいれば、必ず取り囲まれ殴られた。
この場所だけが大樹を傷つけなかった。
「なにしてるの?」
見つかった。突然の声に、大樹は反射的に頭をかばって縮こまる。しかし、いくら待っても、殴られも蹴られもしなかった。
恐る恐る目を開けると、階段の下に見知らぬ女子が立っていた。見知らぬ制服、見知らぬ笑顔。
笑顔。
大樹はぽかんと口を開けた。こんなに爽やかな笑顔を見たのはいつ以来だろう。それは確かに大樹に向けられていた。
「なにしてるの?」
もう一度問われ、大樹は震えながら口を開いた。
「にげてる」
「いいね」
その女子はニカッと笑う。
「いい?なにが」
大樹は首をかしげる。
「支配からの逃走。自由への飛躍」
女の子は階段をかけ上がると両腕をぱっと広げた。
「限りなく自由って感じ!!」
そうだ。
僕は自由を求めていたんだ。
女の子が背にした窓の外、飛行機雲が長く伸びていた。
伸びていけ。どこまでも、どこまでも。
大樹は立ち上がり、背伸びをした。
「僕は遠くへ行くよ」
「いいね」
女の子に軽く手を振って大樹は階段を降りた。女の子は窓の外、飛行機雲を見上げた。




