ばあちゃんの魔法
ばあちゃんの魔法
学校から帰ってゲーム機をもって、こっそり出かけようとすると、台所からママの怒鳴り声が追いかけてきた。
「たかし!宿題やったの!?」
あーあ。見つかった。
「今からやるところ!」
ママに怒鳴り返して、仕方なく部屋に戻る。
今日はだいっきらいな作文の宿題が出た。
ほんとはぜんぜんやりたくない。けど、やらなきゃいけないのは、わかってる。
わかってるけどやりたくないから、とりあえず友達と遊んで気分を盛り上げてからやるつもりだったのに。
ママは、そこんとこ、ゆうづうがきかない。
ばあちゃんがいてくれたらなあ…。
ばあちゃんは、半年前、病気でなくなった。
ママにしかられた時も、友達とけんかした時も、ばあちゃんはいつも笑って
「よしよし。たかしはいい子だ。やればできる子だ」
って頭をなでてくれた。
それでもぼくが、やるきが出なくてぐずぐずしてると
「よし、じゃあ、ばあちゃんが魔法の薬をあげよう。目をつぶって、あーんしてごらん」
ぼくの大きくあけた口の中に、ポトン、と小さなものが落ちる。
口をとじると、なにか丸くて小さいそれは、すーっととけて消えてしまう。
そして、すこし口の中がひんやりして甘くなる。
「ばあちゃん、これ、なに?何でできてるの?」
「ひみつだよ。魔法の薬だからね。さあ、たかし、やる気はどう?」
ばあちゃんがぼくの頭をなでながら聞く。
「うん、なんか、やる気でたみたい」
「そう?じゃあ、がんばっておいで」
ばあちゃんは、いつも、そう言って背中を、ぽん、とたたいてくれた。
思い出したら、鼻のおくがツンとして、涙が出そうになった。
ぼくはママに見つからないように足音をしのばせて、ばあちゃんの部屋へすべりこむ。
ばあちゃんはママのママで、母方のそぼという関係だ。
ママはばあちゃんがなくなってから、ずっと元気がない。パパが
「おばあちゃんの部屋も、そろそろ片付けないとな」
と、言っても
「もう少しだけ…」
と言う。
気持ちはすごくよくわかる。やらなきゃいけないってわかってるけど、やる気が出ないんだ。
ぼくもママも、ばあちゃんがいなくて、ものすごくさびしいんだ…。
ばあちゃんの部屋のかべは、庭に向かうほうは全部ガラス戸になっていて、日がさしこんでぽかぽかしてる。
中でも一番日当たりのいい場所にばあちゃんの座椅子が置いてある。
ぼくはその座椅子に、ばあちゃんのマネをしてすわってみた。
右のひじ置きにもたれて、足をぽーんとのばす。そして、ひじ置きをくるくるっとなでる。
あれ?
くるくるしていると、ひじ置きがカタカタと動く。
よく見てみると、ひじ置きはまん中くらいに切れ目があって、ひらくようになっていた。
あけてみると、中には紙でつつまれた、ピンクと白の丸いものがいくつか入っていた。
紙から丸いものをとりだして、さわってみる。
あ!
ぼくにはピンとくるものがあった。これは、ばあちゃんの魔法の薬だ!
ためしに一つ、口に入れてみる。
まちがいない。白い丸いものは口の中ですーっと消えて、なつかしい、ひんやりした甘さがのこる。
ぼくは、紙のつつみを一つにぎりしめると、台所へ走った。
「ママ、ママ!」
「なあに、たかし、そうぞうしいのね。宿題はおわったの?」
「これからだよ!ねえ、ママ!宿題の前に、ちょっと手伝ってほしいんだけど」
「なあに、ママいそがしいからあとにして…」
「だいじょうぶ!すぐ終わるから!ね?お願い!」
ぼくがいっしょうけんめいたのむと、ママはすごくビックリした顔をする。
「わかったわ。何するの?」
「ちょっと、目をつぶって、口をあけて!」
「ええ?…こう?」
ぼくは紙つつみからピンクの丸いやつをとりだして、ママの口の中に
ポトン。と落とした。
ママが静かに口をとじる。
そのまま、ゆっくり味わっているようだ。
「これ…これ、おばあちゃんの和三盆糖…たかし、どうして、これ…」
「みつけたんだ、ばあちゃんの魔法の薬。ばあちゃん、いつもぼくが元気ないと、この薬くれたんだ。
さいきん、ママ元気ないでしょ?だから、この薬があれば、きっと元気出ると思って」
ママは目をあけると、にっこり笑った。けど、なぜか、ママはちょっぴり涙ぐんでいるようだった。
「ありがとう、たかし。しんぱいかけてごめんね」
そう言って、ぼくの頭をなでてくれた。
「ママ、さすがは、ばあちゃんの娘だね、頭のなで方がそっくりだ」
ぼくが言うと、ママはけらけら笑い出した。ひさしぶりに聞く、元気なママの笑い声だった。




