月下の桜
月下の桜
武蔵の剣は月光を受けギラリと光る。
対する権之助は手にした杖を突き力を入れぬ態で黙然と立っている。
二人相対するのは二度目のこと。
初めて権之助が武蔵に挑んだのは血気盛んな二十歳の頃。その時すでに有名をほしいままにしていた武蔵は竹刀で権之助を打ち据え、権之助に力の差を見せつけた。
それから苦節三年、権之助は修験に求め、神道に道を見つけた。
武蔵が青眼に構えた切っ先はぴたりと権之助の喉を捉え、今にも切り込んでこぬばかり。
しかし権之助は悠然とただ立っている。杖を突き出す気配も見せない。
武蔵はじりじりと間合いをはかる。権之助は四尺を越える白木の杖と語り合っているかのごとくあった。
「ええい!」
気合一閃、武蔵の剣が権之助の額に打ち下ろされるかと見るや、権之助は手にした杖を順手にとり一歩踏み出し、武蔵の剣の峰を捉えた。そのまま杖を打ち下ろし、武蔵の剣を地に突き立てる。杖をくるりと体側に引き寄せ逆手に持ちかえ、大上段から武蔵の額目掛け杖を振り下ろした。
あわや最期かと武蔵が目を瞑る。
ぴたり。
杖は武蔵の上、一寸の間合いで止まった。
武蔵が目を開けると、権之助は静かな目をして、まるで煩悩を廃したかのごとく見えた。
権之助は杖を引き体側にあてがい礼をすると静かに去っていった。
桜の咲く道を月に照らされて歩む姿は夢まぼろしのごとく、これより人々は彼をして夢想権之助と呼んだ。
杖道の祖、夢想権之助の誕生の時であった。




