PANKS!!
PANKS!!
「きゃああああ!!!ひかりちゃん!!なに!?その頭!?」
玄関先でママが叫ぶ。
「スキンヘッドよ、ママ」
「そんな、そんな…ひかりちゃん、学校で何かあったの?
それとも、ママに何か不満でもあるの!?」
「何もないわ、ママ。この髪型なら校則でも禁止されてないし、私、真面目にやるわ」
あわあわしてるママはほっといて、部屋に入る。
とびらを閉めれば、もう、こうるさい雑音も聞こえない。
カベ一面に並ぶレコードから今日の気分の一枚を選ぶ。
Anarchy in the UK
やっぱり、今日は王道でいくかな。
流れ出すリズムにあわせて首を振ってみる。
頭が軽い。
なんだか、邪魔なものをぜんぶ振り落としてきたみたいだ。
産まれて初めてパーマをかけたのが先週。
15歳の誕生日の記念だった。
翌日、学校で風紀担当のシスターに呼び出された。
「如月さん、服装の乱れは心の乱れ。ましてや頭髪に、校則で禁止されているパーマをかけるなんて…(それから、彼女はたっぷり30秒、私を見つめた)。どうすることが正しい行いか、あなたなら、わかってくださいますね?」
それだけ言って、生徒指導室から放逐されたけれど、家に帰ると、
「ひかりちゃん!どうしたの!?パーマかけたって、学校から電話があったわ!」
ママがそう言って泣きついてきた。
シスターの言う「正しい行い」には、当然、保護者への電話連絡がふくまれている。
ただ、シスターはひとつ見逃してる。
ママは毎朝、私と顔を合わせているのだ。
そして、その日の朝も、ママに見送られて家を出た。もちろん、パーマの頭で。
ママの「正しい行い」には、子どもの変化を観察する、は含まれない。
しかたがない。ママのあれは、もう病気だ。
レコードが終わる。
首を振りすぎて、すこしクラクラする。
なんだか笑いがこみあげる。
この軽い頭!
なんてラクなんだろう!?
こんなことなら、もっと早くこうしていれば良かったわ。
好きなことと「正しいこと」を両立できるなら、世間体なんてどうでもいい…
一人でニヤニヤしてたら、携帯が鳴った。圭太からだ。
「もしもし?なに?」
「なにじゃねーだろ、ひかり。おまえ、おばさん、泣いてたぞ」
「ああ、だいじょうぶだいじょうぶ、明日にはけろっとしてるから」
「…まあな。けど、おまえ、丸坊主にしたんだって?」
「スキンヘッドだよ。圭太じゃないんだから、丸坊主じゃありません」
「俺だって丸坊主じゃねーよ、五分刈りだ」
「はいはい、野球部はたいへんよね、髪型の自由もなくてさ」
「おんなじ髪型になったおまえが言うなよ。なんなら入部するか?おまえなら県大会レギュラーでいけるぞ」
「私の幻の左腕がほしいのはわかるけど、あのクッサイ部室はお断り!」
「あいかわらず、きっついの。…なあ」
「ん?」
「なんで、髪切ったんだ?」
なんで…。圭太に何と言ったら、わかってもらえるだろう。
15歳の誕生日が特別だと言うこと。
校則なんてくそくらえだということ。
私に関心がなくて世間体しか気にしないママのこと。
わかったふりしてわかろうとしない大人のこと。
そんな大人が作った規則に従がわなきゃいけない自分の弱さ。
でも、素直に言うことを聞く気なんかない、15歳のこころ…。
「青春…かな!」
「青春か……じゃあ、仕方ねえな」
「…しかたないでしょ?…ふふふふ」
「なんだよ、何わらってんだよ、きしょくわりい」
「明日さ、野球部のぞきにいくよ。なんなら、圭太の代わりに投げたげよっか?」
「ばっきゃろー。死ぬ気で勝ち取ったエースの座を誰が渡すかよ」
「だよね。がんばれよ。応援してる」
「!!…おまえ、髪切ってハイになってる?」
「かもね。うん、たぶん、ナチュラルハイ」
「いいんじゃね?」
「え?」
「いいと思うぜ。たまには」
「…うん。ありがと」
「じゃあな!明日、頭見て大笑いしてやるよ!」
「わらうなーーー!!!こっちはまじめだっつの」
「こっちもまじめだけどさ、あんま、おばさん泣かすなよ」
「…うん。わかってる。……電話、ありがと!」
「おう。じゃな」
電話を切って、顔をあげた。
いつの間にか夕暮れて暗くなり始めてた。
部屋のドアを開ける。
台所からてんぷらのにおいがする。
料理下手なママの得意料理。
お祝いの日や特別な日は、いつもてんぷらだ。
「ママ、おなかすいた!」
私はにっこりしながら部屋を出た。