缶詰の味
缶詰の味
母は戦後すぐの生まれだ。
貧乏な家で子沢山。子供たちはいつもお腹を空かせていた。
しかし、祖父が進駐軍で働き出して状況は一変した。
貧乏に変わりはなかったが、進駐軍の兵隊さんが子供への土産にと缶詰を持たせてくれることが増えたのだ。
ランチョンミート、オイルサーディン、そして、パイン。
甘いシロップに漬かったパインは子供たちにとって大ご馳走で、小さく切られたパインを奪い合うようにして食べた。
末っ子だった母はいつもまともに食べられなかったという。
ところが、母だけが特別にパインを独り占めできる時があった。
熱が出たときだ。
小児喘息をもっていた母はしょっちゅう熱を出し、そのたびパインをたくさん食べて兄弟から羨ましがられていた。
高度経済成長期を過ぎ、バブルを越えて、美味しいものをたくさん食べてきた母。どんな贅沢な料理に慣れても、しかし好物は缶詰のパインなのだ。
あいにく娘の私はパイン缶が好きではなく、小さい頃、熱を出すたびに食べさせられたあの味を、薬の苦味の中に思い出す。
けれど多分、母が亡くなりもっと歳を重ねたら、甘いシロップの中の黄色く輝くパインを懐かしむ時が来るのだろう。
それは母の思い出であり、祖父の思い出へ繋がっていくのだ。




