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今日のおはなし  作者: 溝口智子
金の糸 15
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春の曲

春の曲


一 鶯の 谷よりいづる 声なくば

  春くることを 誰か知らまし

二 深山には 松の雪だに 消えなくに

  都は野辺の 若菜つみけり

三 世の中に たえて桜の なかりせば

  春の心は のどけからまし

四 駒なめて いざ見に行かん ふるさとは

  雪とのみこそ 花の散るらめ

五 わが宿に さける藤なみ たちかえり

  すぎがてにのみ 人の見るらん

六 声たえず なけや鶯 ひととせに

  ふたたびとだに 来べき春かは



さやかの手は美しい。千早はいつも筝曲に乗せてひらめくさやかの指先に、うっとりと見いる。

姉弟子達の滑るような足取りも、ひらめく扇も、彼女の前では輝きを失う。その美しさは女神のようにきらめく。


「冷えるわね」


さやかの声に振り替える。暦の上では春とはいえ、寒の戻りかここ数日は北風が厳しい。

さやかは稽古着の小紋の上に桃色の肩掛けを羽織り、窓のそばに寄ってきた。千早と肩を並べ、外を眺める。その横顔も美しい。


「私ね、お稽古やめるの」


さやかの言葉に千早は下を向く。知っていた。その話を師匠にしているところに行き合ってしまったから。


「お嫁にいくの」


千早の胸にちくりと痛みが走る。


「遠くにいくけれど、お友だちでいてね」


千早は顔をあげ、笑って見せる。けれどその目には涙があふれた。さやかは千早の涙に指先でそっと触れた。しっとりと、ひんやりとした指先に千早は目をつぶり、その感覚を味わった。


「千早は泣き虫ね」


さやかは千早の頬を撫でると稽古場に戻っていった。

千早は窓の外を見る。真っ赤な椿がぽとりと落ちる。春だというのに、この寒さは……。

一人、肩を抱いた。

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